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人的資本情報の集計・開示のポイント 第12回(最終回) 人的資本情報開示の動きと企業の対応

 このコラムでは、2024年1月から12回にわたり「人的資本情報の集計・開示のポイント」について解説してきました。最終回となる今回は、人的資本の情報開示の今後の動きと企業が取るべき対応について説明します。

情報開示の対象企業、開示するべき情報項目の拡大

 2023年3月から、上場企業は、事業年度ごとに公表する有価証券報告書に「女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間の賃金格差」などの情報を記載することが義務付けられました。このような情報開示を義務付ける動きは、今後、中小企業にも広がっていくものと考えられます。
 すでに2022年4月の女性活躍推進法の改正により、従業員数101人以上の企業は、「女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供」に関する情報や「職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備」に関する情報の開示が義務付けられています。さらに、2025年4月からは、育児・介護休業法の改正により、従業員数301人以上の企業に「男性の育児休業取得率」の情報開示が義務付けられます。
 大企業においては、情報開示によって、女性活躍推進や男性の育児休業取得などの状況が改善されました。国としては、このような動きを、従業員数が100人以下の企業にまで展開することを考えています。今後、人的資本の情報開示が義務付けられる対象は、従業員数が100人以下の中小企業にまで広げられることになるでしょう。

 また、今後は、開示するべき情報項目が追加されていく見込みです。これまで、法令で開示が義務付けられた情報項目は、女性活躍推進や育児・介護休業取得促進に関するものでしたが、今後は、次のような働き方や雇用環境に関する情報の開示が義務付けられる可能性があります。

  1. ①正社員1人当たりの各月の時間外労働及び休日労働の合計時間数
  2. ②月45時間を超える時間外労働を行った従業員の割合
  3. ③テレワークなどの柔軟な働き方が適用されている従業員の割合
  4. ④同職務を行う正社員と非正規社員の賃金差異   など


 これらの情報開示が義務化されれば、企業は、残業削減や同一労働同一賃金などの取組みを積極的に実施せざるを得ません。すでに、一部の企業では、これらの情報を自主的に開示していますが、今後は、法令によって、一定規模以上の企業に対してこれらの情報の開示が義務付けられるものと考えられます。

情報開示の拡大により企業間の業績格差が広がる

 情報開示の対象企業や開示するべき情報項目が拡大されると、どのようなことが起こるでしょうか?
 近年、若手労働者は、インターネット上の情報を見て、就職先を決定する傾向が強まっています。働きやすい雇用環境などの情報を開示している企業に就職希望者が集中し、一方、良い情報を開示できない企業は、学生や労働者から敬遠されて、人材確保が困難な状況に陥ることになります。すなわち、良い情報を開示した企業は、優秀人材が集まることによって業績が向上し、一方、悪い情報しか開示できない、あるいは情報開示を行わない企業は、慢性的な労働力不足に陥り、業績を悪化させていくことになります。
 このように、情報開示の拡大によって、企業間の業績の良し悪しの差が広がっていくものと考えられます。
 ですから、企業は、人材確保と業績向上を図るために、人的資本情報を積極的に開示するように、また、少しでも良い情報が開示できるように、できり限りの努力をしていかなければなりません。

これから企業が取るべき対応

 今後、法令によって、人的資本情報の開示対象および開示項目が拡大されていくものと考えられ、企業はその動きに対応していかなければなりません。
 これから、企業が取るべき対応としては、次のことが挙げられます。

(1)法改正や他社の動きを随時チェックして、人的資本の情報開示を自主的に拡大する
  1.  法改正を後追いする形で情報開示を進めていくと、限られた時間内で様々な準備をしなければならないので、大変な作業となります。厚労省のホームページなどから法改正の動きを把握し、法改正を前倒しする形で、人的資本の情報開示を自主的に進めていくことが望ましいと言えます。
  2.  また、他社の人的資本情報をホームページなどでチェックして、それに後れを取らないように、自社の情報開示を進めていくようにしましょう。
(2)開示項目と関連項目をモニタリングして、労働条件や雇用環境の改善を図る
  1.  人的資本情報を開示する以上、それが他社よりも良い状態、または年々改善されている状態にしておくことが望ましいと言えます。人事部門は、開示項目およびそれに関連する項目を社内でモニタリングして、労働条件や雇用環境の改善を図る取組みを実施していくようにしましょう。
(3)人的資本の状況などを説明できるように、人事部員のデータ分析スキルや説明力の向上を図る
  1.  今後、企業の人事部門は、投資家や労働者からの、人的資本の状況に関する問い合わせに対応することが求められるようになります。人事部員は、人的資本の状況を社外に対して適切に説明できるように、データ分析スキルや説明力の向上を図りましょう。

 なお、(2)(3)の対応を進めるうえでは、自社内の人事情報システムの整備も必要になります。この機会に、人的資本に関するデータの集計や情報開示に関する機能が装備されたシステムへの切り替えを検討することも必要でしょう。
 日本における人的資本の情報開示はスタートしたばかりで、これからも法改正などの様々な動きがあるものと予想されます。人事部員の皆さまには、このコラムを参考にしつつ、世間の動きもチェックして、人的資本の情報開示を適切に実施していただきたいと思います。