公認会計士 中田清穂のIFRS徹底解説
中田 清穂(なかた せいほ)
今回は、日本の『のれん』の会計処理が、経営判断に悪影響を及ぼす可能性についてお話します。
『のれん』は、会計の知識がない人にとっては、なかなか理解しにくいものです。
少し乱暴な表現をすれば、『のれん』は、M&Aによって買収する際に、買収された企業の価値以上の金額で買収した場合に、買収金額から買収された企業の価値を引いた差額です。
これを「超過収益力」などと表現することもあるように、買収した企業は、買収することで従来以上の収益力があげられると期待して、買収される企業の価値以上の金額を出すわけです。
例えば、自社単独で販売網を拡大するよりも、すでにある地域で販売網を築いている企業を買収することで、短期間に販売網の拡大ができるようなケースで、買収される企業の資産価値などよりも高い金額で買収するメリットがあるのです。
日本の会計基準では、『のれん』は、20年以内に毎期定額で償却することが義務付けられています。
これに対してIFRSでは、『のれん』は償却することが禁止されています。
日本の会計基準が、『のれん』の償却を義務付けているのは、以下の理由からです。
このコラムでは、『のれん』の会計処理として、償却すべきかどうか、どちらが正しいのかを主張したいわけではありません。
論点は、経営者の判断への影響です。
もちろん、ある企業を買収する意味があれば、その後の会計処理が制度上どのようになっていても買収すれば良いはずです。
しかし、今の日本企業の多くは、買収時に高く買った場合に計算される『のれん』が、買収後に毎年の利益を減らすことになることから、企業にとって有益な買収を断念するという経営判断をすることも少なくないようです。
また、多額の『のれん』が計算されてしまう買収案件が成立しても、今度は、毎期一定額を規則的に費用計上していくだけなので、買収時に見込んだ「超過収益力」が得られているのかどうかを見極める手続がおろそかになりがちです。「あの買収はやってよかったのか?成功したのか?」という評価がほとんど行われないのです。
資産を購入した後は、その資産を購入する際に期待した効果が得られているかどうかを評価する習慣が日本企業にはあまりないこともベースにあると思います。
固定資産を購入したら、毎期償却するだけで良い、その資産が企業にとって最大限に活用されているかどうかを評価する必要はない、というわけです。
みなさんの会社ではどうですか?
資産を購入する際には、厳密な稟議手続の中で、購入する資産の費用対効果の分析資料も作成するのに、一旦購入してしまうと、購入時の費用対効果など忘れてしまい、ただただ償却していくだけで、当初の期待通りに利用できているか、などといった評価は一切していないのではないでしょうか?
株主から預かったお金で資産を購入しているのに、その資産を最大限に活用しようとしていないのです。
企業買収などは、通常の資産の購入よりも、比較にならないくらいの金額が動きます。
それでも、買収後に、買収による効果を評価しないのは、問題がありはしないでしょうか。
つまり、日本の会計制度では、経営者の判断に以下の悪影響があると思います。
企業買収は、通常の資産以上に、企業の成長・発展に大きな影響を及ぼします。
企業戦略上、大変重要であるとも言えます。
IFRSでは、『のれん』は毎期償却するのではなく、毎期買収時の価値を維持しているかどうかを評価する手続(減損手続)を義務付けています。
このため、IFRSを採用している企業は、買収の翌年から多額の費用が発生することがないために、積極的なM&Aができます。
その反面、買収後は『のれん』の評価を行い、買収が当初の期待通りに活かされているかどうか、という評価にさらされて、適切な緊張を経営に与えていると言えるでしょう。
いかがでしょうか?
会計制度が、企業戦略上非常に重要なM&Aに、少なからず影響を与えていることがおわかりいただけましたでしょうか。
以上
中田 清穂(なかた せいほ)
1985年青山監査法人入所。8年間監査部門に在籍後、PWCにて 連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年同社退社後、有限会社ナレッジネットワークにて、実務目線のコンサルティング活動をスタートし、会計基準の実務的な理解を進めるセミナーを中心に活動。 IFRS解説に定評があり、セミナー講演実績多数。