公認会計士 中田清穂のIFRS徹底解説
中田 清穂(なかた せいほ)
【誤解】
IFRSは投資家のための会計基準だということだが、日本の会計基準で十分投資家の判断に役立っており、わざわざIFRSを日本企業に適用させる意味はない。
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【実際】
IFRSは、投資家が意思決定をする上で重要なポイントになる「将来キャッシュ・インフロー」の予測に役立つ財務報告を提供させるものであることから、過去の結果である損益中心の財務報告を提供させる日本基準よりも、投資家の役に立つものである。
冒頭の誤解をされている方々の中には、「IFRSを適用せず、日本の会計基準で開示し続けても、アナリストなどのプロフェッショナルが、日本基準で開示された財務報告をIFRSベースに置き換えて分析してくれるから、投資家は困らないんだ」という意見があります。
今回はこれについて検討してみたいと思います。
投資家の意見を全て聞くことはできません。
そこで、2011年6月30日に開催された金融庁企業会計審議会総会と企画調整部会の合同会議で発言した委員の中で、投資家サイドの立場で発言された鈴木行生氏(日本ベル投資研究所代表取締役)の意見を参考にします。
鈴木行生氏は、日本証券アナリスト協会の元会長です。
鈴木行生氏の発言で参考になると思われるのが、以下の項目です。
上記を私なりに解釈すると以下のようになります。
IFRSは従来の過去の業績を測るためのモノサシではなく、将来のキャッシュ・インフローを測るためのモノサシである。
制度会計においてモノサシが変わることで、経営者も、過去の結果である業績にばかりとらわれず、将来のキャッシュ・インフローを増やすことを意識した意思決定をするようになるのではないかという点に、投資家としては関心がある。
このことは、企業のビジネスモデルの在り方も変えるかもしれない。
なぜなら、目先の業績を負うためのビジネスモデルから、中長期的な観点で将来のキャッシュ・インフローを増加させるビジネスモデルに変えるかもしれないからだ。
そのようなビジネスモデルの変更を行う企業は、「企業価値を創造するプロセス」を改善することになるだろう。
投資家はそのような企業に投資するのだ。
ここには、IFRSが、企業を売買するための、つまりM&Aのためのモノサシではなく、企業が長期的に継続して活動するゴーイング・コンサーンを前提とする会計基準であり、だからこそ、将来のキャッシュ・インフローを増加させることを意識せざるを得ない会計基準なのだという前提があることを念頭に入れた発言だと思います。
まさしく、IFRSの概念フレームワークの「基礎となる前提」に記載されている「継続企業の前提」です。
また、(4)の「経営者も従来の会計基準で報告されている財務情報に不満を持っている」というところも見過ごせません。
従来の日本の会計基準は、有形固定資産の減価償却費の処理のように、全く異なる業種の企業がどのように使おうとも、みな同じ耐用年数で処理しています。
つまり、実態とはかけ離れた会計処理をしてきたのです。
その結果を制度会計用の開示情報だけでなく、社内の経営管理にも利用させられてきたのです。
私も上場企業のトップ・マネジメントから、「経理から上がってくる財務情報は、全然信用できない。経営意思決定をする上でとても困っている。経理から上がってくる情報に騙されないように気をつけている。」といわれることがしばしばありました。
経理部門としては経営者をだますつもりは毛頭ないでしょうが、経営者としては、実態を表さず、ただルール通りに画一的に処理された財務情報が、自社の実態にフィットしていないことを、感じ取っているのだと思います。
社内のだれが見ても、重要な製造設備が30年近くも使われているのに、10年で期間配分が終わってしまっていて、あと何年使えるかという情報はどこからも上がってこないのですから。
投資家は、経営者が実態をきちんと把握して、その上で将来のキャッシュ・インフロー、すなわち企業価値を増大させるビジネスモデルの構築にまい進してもらいたいと考えているのではないでしょうか。
なお、投資家サイドの立場で発言された他の委員からは、以下の発言がありました。
以上
中田 清穂(なかた せいほ)
1985年青山監査法人入所。8年間監査部門に在籍後、PWCにて 連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年同社退社後、有限会社ナレッジネットワークにて、実務目線のコンサルティング活動をスタートし、会計基準の実務的な理解を進めるセミナーを中心に活動。 IFRS解説に定評があり、セミナー講演実績多数。