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よくわかる、使える会計知識 ~「M&Aの重要な財務情報『のれん』の償却が費用になるとどうなる?」~

よくわかる、使える会計知識 ~「M&Aの重要な財務情報『のれん』の償却が費用になるとどうなる?」~

 柴山政行(しばやま まさゆき)

政府の規制改革推進会議が、
のれん非償却化で新興企業を後押しか?

 変わりゆく「のれん」会計処理 

 M&A(企業の合併・買収)の際に発生する「のれん」の会計処理について、日本の会計制度に大きな変化の兆しが見えています。政府の規制改革推進会議は、これまで日本基準で義務づけられていた「のれんの定期償却」を不要とする、あるいは償却と非償却の選択制とする方向で制度改正を検討しています。

  のれんとは、企業買収時に支払われた金額のうち、買収先の純資産を上回る部分を指します。これは、ブランド価値、ノウハウ、人材力といった無形資産の評価額であり、企業価値の将来性に対する期待の表れでもあります。

  従来の日本基準では、この「のれん」は最大20年間で定期的に償却(費用として計上)する必要がありました。一方、国際会計基準(IFRS)や米国基準では、のれんの定期償却は行わず、価値が著しく下がった場合にのみ減損処理を行う方式です。 


 改革の背景:スタートアップ支援とグローバル競争 

 今回の制度改革の背景には、スタートアップ企業を中心とした経済活性化への強い期待があります。日本のスタートアップ企業は、財務的に赤字状態が続くことが多く、純資産も少ないため、M&Aで生じる「のれん」が非常に大きくなります。これに定期償却義務が伴うことで、買収企業の営業利益が押し下げられ、M&Aをためらう要因となっていたのです。

 経済同友会が2023年に行った調査によれば、企業の7割以上がM&Aにおいて「のれん償却」が障害になっていると回答しています。また、IFRSを採用しようにも監査コストが高く、中小企業やスタートアップにとってはハードルが高いという現実もあります。

 今回の改革が実現すれば、スタートアップにとってM&Aが成長や出口戦略の選択肢としてより現実味を帯びることになります。IPO(株式上場)よりも柔軟で迅速な手段として、M&Aの活性化が期待されています。

 

 非償却制への慎重論とその論点 

 しかし一方で、「のれん非償却」への動きには慎重な意見も多く見られます。特に、IFRS型の減損テストには高い専門性と継続的な作業が求められ、企業の財務報告に大きなコストと負荷がかかるのです。
 たとえば、IFRSでは買収先企業の事業計画をもとにキャッシュフローを見積もり、割引率を設定して毎年評価しなければなりません。このような詳細なプロセスには、会計士やコンサルタントの関与が不可欠であり、大企業ですら外部専門家に評価を依頼するケースがあるほどです。 

 また、非償却を選んだ場合でも、買収先の企業価値が急落した際には、損失を一括して計上する必要があり、投資家へのインパクトが一気に顕在化するリスクもあります。開示義務や感応度分析など、IFRS並みの情報開示が求められる可能性も高いでしょう。
 会計基準の変更に伴うこうした「覚悟」は、制度のメリットを享受する一方で、企業にとって重い義務ともなるのです。

 

 規制改革の意義と課題 

 規制改革推進会議が打ち出した今回の方向性は、単なる制度の見直しにとどまらず、日本経済の構造転換を見据えた大きな政策の一部でもあります。
 一方で、形式だけ国際基準に揃えた「つまみ食い」的な改革では不十分です。制度を活用する企業側には、高度な減損評価や開示義務への対応力が求められます。のれん償却ルールの変更は、企業経営にとって「武器」とも「負担」ともなり得るのです。

 今後、ASBJ(企業会計基準委員会)では、制度改革の可否だけでなく、その具体的な適用条件や監査体制、開示内容の精度と実効性について慎重に議論が進められることになります。

 

企業・投資家・制度の三位一体で乗り越える改革へ 

 のれん償却の会計処理の見直しは、単なるテクニカルな問題ではなく、企業と投資家、そして制度全体の信頼性に関わるテーマです。改革の実現には、企業が適切に情報開示を行い、投資家がその情報を的確に評価できる環境づくりが不可欠です。
 さらに、制度設計を担う会計基準機関や監査法人も、高い独立性と専門性を持って改革を支える必要があります。改革のメリットだけに目を奪われるのではなく、負うべき責任とコストを正面から受け止めた上で、企業会計の透明性と信頼性を高めていくことが求められています。


 のれんを巡る議論の行く末 

 のれん償却をめぐる議論は、単なる会計処理の技術的な話を超え、日本の経済構造改革と企業の成長戦略に直結する重要なテーマです。世界で戦う企業にとって、国際基準に見合った制度を持つことは不可欠です。しかし、それと引き換えに求められる「覚悟」もまた、軽んじるべきではありません。

 企業、制度、そして社会全体が三位一体となって、次世代の経済を支える仕組みを築いていく必要があります。のれんの扱いという小さなテーマの中に、日本経済の将来を左右する大きな課題と可能性が込められているのです。

計算例による解説:
のれんの計上と日本基準および国際基準の会計処理
 

 たとえば、次の図のように、資産(時価)が6,000億円、負債(時価)が4,000億円の企業を、2,500億円で買収するケースを考えてみましょう。買収対象となる企業の資産と負債の差額(時価純資産)は資産(時価)6,000億円-負債(時価)4,000億円=2,000億円なので、買収価額2,500億円と時価純資産2,000億円の差額500億円がのれんになります。これが、買収時点における会計帳簿上の企業評価額2,000億円よりも、買い手である買収企業が高く評価するプレミアム部分といえます。具体的な内容の例としては、長い社歴やそれに伴う信用、これまでの取引先のリスト、蓄積したノウハウや技術、将来にわたって稼ぐであろうキャッシュフローの増加分、将来的な新発明や新市場開拓の可能性など、会計帳簿には表れない優れた部分を評価したものであり、会計の世界では「超過収益力」とも呼ばれている無形の価値です。

※参考:買収対象企業の貸借対照表(バランスシート;B/S)と、のれん発生のイメージ

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 企業を買収することによって発生するのれんは、貸借対照表における固定資産の中の無形固定資産として計上されます。

 その後、決算において、無形固定資産に計上されたのれんは、日本基準においては毎期償却され、貸借対照表における無形固定資産としての評価額がその分だけ年々減少していきます。
 ここで、決算においてのれんを20年間における一定額ずつ償却するとすれば、その額は500億円÷20年=毎期25億円となりますね。そこで、損益計算書の販売費及び一般管理費として25億円の「のれん償却費」が計上されると同時に、同額だけのれんの評価額が減少するため、貸借対照表の無形固定資産に表示されるのれんの額は500億円-25億円=475億円となるのです。

 

※買収後の貸借対照表におけるのれんの表示方法(日本基準)

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 一方、国際会計基準においては、原則としてのれんを償却しないため、特別な事情があって減損という手続をとらなければ、決算手続後ものれんの貸借対照表における表示額は500億円のまま据え置かれます。

 日本基準におけるのれんの会計処理について、上記の例でいうならば、毎期25億円もの販売費及び一般管理費が発生するために、国際会計基準のようにのれん償却不要とされる企業と比べて、営業利益が25億円ずつ少なく表示されることになります。

 このような両社の会計処理方法の違いを無視して、日本基準でのれんを償却している企業と国際会計基準でのれんを償却していない企業とを業績で比較した時に、自然と国際会計基準の方が営業利益が多く計上されるため、企業間比較をする際に不公平が生じるのではないか、という指摘が以前からあったことを知っておいていただくと、今回の時事ニュースに関する理解が深まるのではないかと思います。

 以上、簡単な事例ですが、日本基準と国際会計基準の処理の違いを数値例で説明してみました。

 日本におけるのれん「償却派」と「非償却派」の企業
(例示)
 

 最後に、日本基準でのれん償却を行っている企業と、国際会計基準でのれん償却を行っていない企業を例として挙げてみました。ご参考になれば幸いです。

※のれん償却の有無については、各社の有価証券報告書や決算短信で確認し、例として挙げています。 

※ 日本基準でのれん償却を行っている企業の例

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IFRSを採用し、のれんを定期償却せず、減損で評価している企業の例

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(補足)

  • 上記4社はいずれも国際会計基準を適用しており、のれんを定期的に償却していませんが、その代わりに、毎年のれんの減損テストを実施し、価値が著しく低下した場合に一括で損失計上します。
  • 減損テストには多大な工数・専門的な評価(キャッシュフロー予測や割引率設定など)が必要です。

  
 なお、参考までに、これまでにのれんの処理方法に関連して出ていた減損のイメージについて、簡単に説明します。すなわち、企業が保有する固定資産や株式などの価値が当初の見込みよりも低下し、投資額の回収が見込めなくなった場合を前提として、帳簿上の価格を回収可能価額まで減額して財務諸表表示することと、おおまかに考えていただいてよろしいかと思います。 

 一般的には、たとえば主に以下のような状況で減損が発生すると考えられます。

・固定資産の収益性の低下 :
  工場や機械などの固定資産から得られる収益が、当初の計画よりも大幅に減少した場合
・市場価格の下落 :
  株式や不動産などの市場価格が、購入時よりも大幅に下落した場合
・経営環境の悪化 :
  業界全体の不況や、企業の業績悪化など、経営環境の悪化によって資産価値が低下した場合

 減損処理を行うことで、企業の財務諸表における資産の価値を実態に合わせて修正し、投資家や債権者に対してより正確な情報を提供することができます。 

 

減損処理の主な目的は次の通りです。

  1. 財務諸表の信頼性向上
    資産の価値を実態に合わせて修正することで、財務諸表の信頼性を高めます

  2. 将来の損失の繰り延べ防止
    減損処理を行わないと、将来的にさらに価値が下落した場合に、より大きな損失を計上する必要が生じる可能性があります。減損処理を行うことで、将来の損失をある程度予測し、繰り延べないようにします

  3. 経営判断の適正化
    減損処理によって、経営者は資産の価値を正しく認識し、より適切な経営判断を行うことができます

 

 以上、のれんの非償却化に向けた動きの可能性を示唆する時事ニュースをもとに、日本基準と国際会計基準におけるのれんの会計処理に関する認識の違いを検討・考察しました。
 のれん償却方法が今後どのようになっていくかは、株式投資の判断や企業における財務分析の結果にも少なからず影響を及ぼすと考えられますので、今後の動向に注意を払っていきたいところですね。

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