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よくわかる、使える会計知識 ~「賃金上昇時代において、注目すべき労働分配率」のニュースと会計の視点~

よくわかる、使える会計知識 ~「賃金上昇時代において、注目すべき労働分配率」のニュースと会計の視点~

 柴山政行(しばやま まさゆき)

経済的な視点による労働分配率の考察とコロナ後の経済回復による影響

 2025212日に配信された日経の電子版ニュースに、興味深い記事が掲載されていました。
 昨今の最低賃金の引上げが本格化している流れにあわせて、企業経営に与える人件費負担の問題が多くの社長にとって重要な経営課題となりつつあります。

 ちなみに、労働分配率といった場合、企業分析の視点では粗利益のような付加価値に対する人件費負担の割合を意味しますが、このときの日経記事では、経済的な指標という観点からの労働分配率に言及しており、考え方の基本は同じなのですが、具体的な計算方法についてそれぞれ表現のしかたの違いがあり、企業分析(会計的)な意味合いとの対比が興味深かったため、今回のテーマとさせていただいた次第です。

 最近ではマスクをしなくても道を歩ける状況が日常的になり、新型コロナウィルスの影響が徐々に薄れ、日本経済も回復の兆しが少しずつ見えてきていますね。
 その指標の一つとして、労働分配率がコロナ禍前の水準へと戻りつつあります。
 内閣府が発表した2023年度の労働分配率は69.1%であり、3年連続で低下し、2017年度以来の低水準となりました。
 経済的な意味における労働分配率は、国民所得を分母に、雇用者報酬を分子に置いて計算されます。
 2023年度の国民所得は6.9%増の437.7兆円、雇用者報酬は1.9%増の302.3兆円でした。
 これは、企業の収益増加に伴い、労働者への分配が相対的に減少したことを示しています。

労働分配率低下の要因

 労働分配率の低下は、企業の利益蓄積の結果と見られることが多いですが、実際には景気回復の過程で発生する自然な現象でもあります。過去30年間で労働分配率が上昇したのは、リーマン・ショックを含む景気後退期に集中していました。
 そのため、今回の低下は日本経済の正常化を示唆するものであり、必ずしも否定的に捉える必要はありません。

家計貯蓄率の動向

 家計の貯蓄率もコロナ禍前の水準へ戻ってきています。
 2023年度の家計貯蓄率は1.5%となり、3年連続で低下しました。
 これは2018年度以来の低水準です。貯蓄率は、可処分所得(所得税や社会保険料を差し引いた所得)を分母に、貯蓄額を分子として計算されます。
 2023年度の可処分所得は2.1%増の319.4兆円、貯蓄額は13%減の4.6兆円でした。
 コロナ禍初期の2020年度には、特別定額給付金の影響もあり貯蓄率が11.8%に急上昇しましたが、その後は徐々に低下し、正常な範囲に戻りつつあります。

可処分所得の伸び悩みと物価上昇の影響

 貯蓄率の低下が進む一方で、可処分所得の伸び悩みが消費の停滞を招いています。
 2023年度の実質可処分所得(物価変動を考慮したもの)は、2019年度を3.3%下回りました。特に物価上昇と社会保障負担の増加が影響し、家計の自由に使える資金が圧迫されています。

 実際、1994年度には20.8%だった税・社会保障負担の比率は、2023年度には26.8%にまで上昇しました。特に厚生年金の保険料などの社会保障負担は、1994年度の13.5%から2023年度には19.6%に増加しています。一方で、所得税の負担も増加傾向にあり、名目所得の増加に伴う課税所得の上昇(いわゆる「ブラケットクリープ」)が、実質的な増税につながっています。

貯蓄率の再上昇と消費の行方

 2024年に入ると、貯蓄率が再び上昇の兆しを見せています。内閣府が20241月に発表した79月期の四半期速報によると、家計貯蓄率は3.9%で、4%前後の水準が続いています。20246月からの定額減税が影響し、短期的には貯蓄率が上昇しましたが、これは消費の抑制を反映している可能性もあります。
 第一生命経済研究所の星野卓也氏は、「現役世代の消費スタイルが変化し、今の生活を豊かにするよりも、将来のために貯蓄を重視する傾向が強まっている」と分析しています。
 また、総務省の家計調査によると、二人以上世帯のうち勤労者世帯の可処分所得に対する黒字率は、20241012月期で36.7%と高水準を維持しています。これは消費を控え、貯蓄を優先する傾向が続いていることを示しています。

賃金上昇と消費の関係

 労働市場においては、企業の収益が増加することで賃金上昇の流れが強まりつつあります。しかし、賃金上昇が即座に消費拡大につながるかどうかは不透明です。
 202479月期の家計最終消費支出は、実質で前期比0.7%増となり、2四半期連続でプラスとなりましたが、2019年の水準を依然として2.4%下回っています。
 星野氏は「企業収益の増加が賃金上昇に結びつく流れは明確になりつつあるが、賃金上昇が消費拡大に結びつくかどうかは不透明であり、貯蓄率の上昇に終わる可能性もある」と指摘しています。
 
 コロナ禍を経て、日本経済は徐々に正常化しつつあります。労働分配率や家計貯蓄率はコロナ禍前の水準へと戻り、企業収益の増加が賃金上昇を後押しする環境も整ってきました。
 しかし、可処分所得の伸び悩みや物価上昇、社会保障負担の増加が家計の消費意欲を抑制しています。今後、消費の拡大につなげるためには、物価上昇に応じた税制の見直しや、実質的な所得向上に向けた施策が求められるでしょう。

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企業財務の視点における労働分配率の意義と企業分析に活かす方法

労働分配率とは?

 労働分配率とは、企業が新たに生み出した付加価値のうち、どれくらいの割合を従業員の給与や賞与に回しているかを示す指標です。簡単にいうと、会社が生み出した付加価値がどの程度「従業員の給料」として支払われているかを測るものです。
 労働分配率の計算方法は、以下のようになります。

 労働分配率(%)=(人件費 ÷ 付加価値)× 100

 ここでの「人件費」は、従業員の給与や賞与、社会保険料などを含みます。「付加価値」とは、企業が生み出した価値(売上から原材料費などを引いたもの)を指します。

 例えば、ある会社の年間売上が1,000億円で、原材料費などの費用を差し引いた付加価値が500億円だったとします。そのうち、人件費が250億円だった場合、労働分配率は次のように計算されます。

 (250億円 ÷ 500億円)× 100 50

 つまり、この会社は、稼いだ付加価値のうち50%を従業員の給与や賞与に使っていることになります。

企業の労働分配率の動向

 2024年の春闘では、日本労働組合総連合会(連合)の調査によると、賃上げ率が5.17%となりました。これは前年(3.67%)を大きく上回る水準です。一方、2023年度の企業の労働分配率は38.1%と過去最低を記録しました。
 労働分配率が低いということは、企業の利益が増えている一方で、給与に回される割合が減っている可能性があることを意味します。逆に、労働分配率が高すぎる場合は、企業が利益をあまり残せず、経営が苦しくなるリスクもあります。

労働分配率の適正値とは?

 労働分配率の適正な水準は、企業の規模や業種によって異なります。一般的な目安として、以下のように考えることができると思われます。

  1. ●大企業50%前後
  2. ●中小企業5060

 また、労働分配率の評価基準は次のようになります。

  1. 30%以下:優良(企業の利益が多く、経営が安定している)
  2. ●30%~50%未満:良~不良(バランスが取れているが、低すぎると従業員への還元が少ない可能性あり)
  3. ●60%以上:要注意(人件費負担が重く、企業の利益が少なくなるリスクあり)

 ただし、労働分配率は一概に「低ければ良い、高ければ悪い」というものではありません。業種によっては、人件費が多くかかる企業(サービス業や介護業界など)もあるため、適正な基準はケースバイケースです。

労働分配率を企業分析に活用する方法

 労働分配率は、企業の経営状態や成長性を判断する際に役立つ指標の一つです。以下のような点に注目すると、企業の財務状況をより深く理解できます。

① 人件費の適正評価
 労働分配率を見れば、その企業が適正な人件費を支払っているかを判断できます。例えば、労働分配率が高すぎると、人件費の負担が大きくなり、企業の利益が減少する可能性があります。逆に低すぎると、従業員への報酬が少なく、離職率が高まるリスクもあります。

企業の収益力の判断
 労働分配率が低下している企業は、利益を内部留保したり、設備投資に回している可能性があります。一方、労働分配率が上昇している場合は、従業員への還元が増えていることを示しているかもしれません。これらの動向を見ることで、企業の経営方針を分析できます。

③ 業界ごとの比較
 労働分配率は業界によって違いがあります。例えば、製造業は労働分配率が低めですが、サービス業や医療・介護業界は高めです。自分が関心のある企業の労働分配率を、同じ業界の他の企業と比較すると、その会社の経営状態をより正しく把握できます。

④ 賃上げ余力の予測
 労働分配率の推移を見ることで、その企業が今後、従業員の給与をどの程度増やす余裕があるのかを推測できます。例えば、企業の利益が増えているのに労働分配率が下がっている場合、賃上げの余地がある可能性があります。

 
 労働分配率は、企業がどれくらいの割合で利益を従業員に還元しているかを示す重要な指標です。上記でも述べましたが、2024年の春闘では賃上げ率が5.17%と上昇した一方で、2023年度の企業の労働分配率は38.1%と過去最低でした。
 適正な労働分配率は企業の規模や業種によって異なりますが、平均は大企業では50%前後、中小企業では7080%と言われています。また、企業分析において、労働分配率を活用すると、人件費の適正評価や企業の収益力の判断、業界比較、賃上げ余力の予測などに役立ちます。
 今後、企業の賃上げが続くかどうかを見極めるためには、労働分配率の動向と、企業の収益状況をあわせて確認することが重要です。

上場企業の数値例による労働分配率の計算と分析

 ここでは、実際の上場企業による開示データで、労働分配率がどれくらいになるかを計算してみましょう。なお、ここでの計算は筆者の見解に基づく算出例ですので、あくまで参考数値の一つとしてご理解ください。

(1)株式会社しまむら(アパレル小売業:製造原価なしのケース)

必要な数値:
1. 売上高
2. 売上原価(売上総利益=付加価値を計算するために控除)
3. 給与・賞与・退職給付関係・福利厚生費など(人件費として計算)

※労働分配率の計算
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 しまむらの労働分配率は31%強と50%よりもかなり低いですが、従業員一人当たりの給与が700万円近くあるので、全国的に見ても見劣りしない水準と考えられますので、その分付加価値(ここでは粗利益)をたくさん稼げているのではないか、という印象を持ちます。

(2)株式会社王将フードサービス(外食・レストラン業:製造原価ありのケース)

必要な数値:
1. 売上高
2. 材料費・外注費(製造業の付加価値を計算するために控除)
3. 給与・賞与・退職給付関係・福利厚生費など(人件費として計算)

※労働分配率の計算
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 飲食業は現場における接客など、比較的給与が他の業種よりも低くなりがちな傾向であることを考えると、550万円前後の平均給与は業界の一般的な水準以上にあるような印象です。このような人件費の状況で労働分配率50%弱は標準的で無理のないレベルであるとみることができます。(筆者の私見です)

 

 以上、昨今の物価上昇及びそれに伴う賃金上昇の圧力が高まる経済情勢において、労働分配率という財務指標がこれから経済を見る際にも企業の財務を分析する際にも重要性が増してくると思い、少し掘り下げてお話させていただきました。
 今後、企業判断を行う際に少しでもご参考になれば幸いです。

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