新しい本社機能に生まれ変わるためステップアップロードマップ 2025.04.23 (UPDATE:2025.04.23)
柴山政行(しばやま まさゆき)
昨今、トランプ政権下における関税政策が、日本のビジネスにも大きなインパクトを及ぼすことになっていますね。記憶に新しい所では、このような流れを受けて、ホンダが将来の自動車生産に係るウェイトをアメリカに置く旨の発表をしています。
以上の問題について、同社が発表する会計上のセグメント情報を基に考察するとともに、今後ますます上場企業の多角化ないしグローバル化の状況を把握するために有用性を増す「セグメント情報」の意義と開示例について、言及していきたいと思います。
追加関税に対応する戦略転換とその影響
2025年4月16日の日経朝刊1面によりますと、2025年、ホンダは北米市場における自動車生産の方針を大きく変更することを決めました。これまでアメリカで販売されるホンダ車の一部は、カナダやメキシコで生産され、アメリカに輸出されてきました。しかし、アメリカ政府が新たに導入した25%の追加関税が、この仕組みに大きな影響を与えました。
この追加関税は、従来の自由貿易協定(USMCA)で関税が免除されていたカナダやメキシコからの輸入にも適用される内容となっており、ホンダはこれに対応するために、生産の大部分をアメリカ国内に移す決断をしたのです。今後2〜3年をかけて、アメリカで販売されるホンダ車の約90%をアメリカ国内で生産する体制に変えていく予定です。
アメリカの追加関税政策とは?
2025年初頭、トランプ米政権の影響を受けて、アメリカはすべての外国製自動車に対して25%の追加関税を課す政策を発動しました。これにより、日本やカナダ、メキシコといった国々からアメリカに車を輸出する企業は、大きなコスト負担を強いられることになりました。
ホンダは、これまで北米自由貿易協定の後継である「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」を活用して、カナダやメキシコで安価に生産した車を関税ゼロでアメリカに輸出することで、コストと効率のバランスを保ってきました。しかし、今回の関税はこの枠組みに関係なく課されるため、従来の方法ではもはや競争力を維持することが難しくなってきています。
現在のホンダの生産体制とその見直し
2025年4月16日の日経朝刊1面の記事を参考にしますと、ホンダは2024年の時点で、全世界で販売する車のうち約142万台をアメリカ市場で販売しており、そのうち約100万台(7割)をアメリカ国内で生産していたとのことです。これだけでもかなりの現地生産比率と言えますが、残りの3割、約40万台は主にカナダとメキシコからの輸入に頼っていました。
この構図を今後大きく変えていくようです。具体的には、2~3年をかけてアメリカでの生産台数を最大3割増やし、販売台数の9割をアメリカ国内でまかなえるようにするというものです。
カナダの工場で生産されている代表的な車種には、人気の多目的スポーツ車(SUV)「CR-V」やセダン「シビック」などがあります。これらは今後、アメリカ国内の工場に生産を移す候補とされています。
今後の計画では、カナダとメキシコの生産比率を段階的に減らし、アメリカ国内での生産能力を引き上げることが明確に示されています。
コスト上昇とホンダの経営判断
アメリカでは現在、インフレの影響もあり人件費や物価が上昇しています。そのため、単純に考えると現地生産のコストは高くなってしまいます。しかし、それでも25%の関税がかかるよりはマシというのが、ホンダの経営判断です。
ホンダはこの追加関税により、年間約7000億円ものコスト増が見込まれるとしています。これは企業経営にとって大きな打撃となるため、現地生産へのシフトは避けられない対策といえるでしょう。
他メーカーの動き
ホンダのような動きは、自動車業界全体にも広がりを見せています。たとえば日産自動車は、主力車種である「ローグ」について、アメリカ市場向けの生産の一部を日本からアメリカへ移すことを検討しています。
すでに日産は、福岡県の工場で2025年5月から小規模な減産を開始し、7月には1万台規模の減産を実施する予定です。これにより、アメリカ国内での生産体制を強化し、関税の影響を最小限に抑える狙いがあります。
ホンダが採用する今回の戦略の意味
ホンダが進めるアメリカ現地生産の拡大は、企業が国際的な政策リスクにどう対応するかを示す象徴的な事例です。今後は、どの国で、どのような体制で生産するのかという判断が、ますます重要になっていくでしょう。
また、通商政策や為替、インフレ、人件費の動きなど、経済環境の変化に対して柔軟に対応できる企業体制の構築が求められます。ホンダの今回の戦略は、その一つの答えといえるかもしれません。
次に、ホンダ(本田技研工業株式会社)の最新の有価証券報告書(第100期:2023年4月1日~2024年3月31日)に基づき、同社の従来における地域別戦略を分析し、さらに新聞報道にあるような米国への生産シフトが及ぼす財務的な影響について、一緒に考えてみたいと思います。
ホンダは、国際財務報告基準(IFRS)に基づき、地域別セグメント情報をおおむね以下のように分類しています。
(参考:2022年3月期の有価証券報告書における「地域別セグメント補足情報」)
地域別の売上収益と営業利益(2024年4月~9月期:第2四半期累計)
以下は、2024年度第2四半期の仕向地別(外部顧客の所在地別)における売上収益です。(単位:百万円)
以上の表を見ると、北米向けの売上高が全社合計の53%強となっており、ホンダの外部顧客の過半数が北米地域であることが分かります。半期で5兆7715億円という社内の売上占有率ですから、その重要性は想像に難くありません。
このうち、現状は7割程度の現地生産であるところを、将来的に9割程度まで引き上げていこう、という方針になるのではないか、というのが今回の時事ニュースのポイントの一つに挙げられます。
さて、ここで、企業の全社的な事業戦略を読み取るうえで貴重な情報となるセグメント情報について、次に詳しく見ていきたいと思います。
セグメント情報を知ることによって、事業単位ごとに企業の強みや弱みを簡潔に把握することができ、株式投資や企業の将来性評価などを行うにあたっての判断資料として非常に有用な情報を得ることができます。
企業が株主や投資家に向けて作成する「有価証券報告書」や「決算短信」などの中には、「セグメント情報」と呼ばれる項目があります。これは、会社が行っている複数の事業や地域ごとの売上・利益などの情報を分けて表示するものです。
たとえば、大手の総合電機メーカーを想像してください。その会社は、家電、半導体、エネルギー、ヘルスケアなど、さまざまな事業を展開しています。また、日本国内だけでなく、アメリカやヨーロッパ、アジアなどにも販売先があります。こうした多様な活動をまとめて一つの「企業」として報告してしまうと、事業ごとの成果がわかりにくくなってしまいます。
そこで登場するのが「セグメント情報」です。事業の種類や地域ごとに区切って、その業績を分けて開示することで、企業全体のどこが好調なのか、どこに課題があるのかが明確になります。
セグメント情報の目的
1. 投資家に対する情報の透明性向上
企業の活動は多岐にわたるため、全体の数字だけでは見えない部分があります。たとえば、ある企業が全体としては黒字でも、一部の事業では赤字かもしれません。逆に、一つの事業が全体の利益を大きく支えていることもあります。セグメント情報を開示することで、投資家や株主は、企業の中身をより正確に知ることができ、投資判断に役立てることができます。
2. 経営管理への活用
セグメント情報は、社外への報告だけでなく、企業内部でも重要な役割を果たします。経営者が事業ごとの業績をチェックし、どこに資源(人・モノ・お金)を集中させるべきか、あるいはどの事業を縮小・撤退すべきかなど、戦略を立てるための判断材料にもなります。
3. 比較可能性の確保
同業他社と比較する際にもセグメント情報は役立ちます。たとえば、複数の自動車メーカーを比べるとき、それぞれの会社がどの地域でどのくらい売り上げているのかを確認することで、どの市場に強いのか、どの分野で競争が激しいのかといった分析が可能になります。
セグメント情報のメリット
(1) 企業の強みと弱みが見える化される
どの事業が収益を生んでいて、どの事業がコストを押し上げているのかが明確になります。
(2)投資判断の材料になる
将来性のある事業に力を入れているか、海外展開がうまくいっているかなど、投資家にとって重要な情報が得られます。
(3)経営資源の適切な配分につながる
人材や資金を、成長性の高い事業に集中させるなど、経営判断を下す際の根拠として活用できます。
(4)ガバナンス(企業統治)の強化
事業ごとの成果を可視化することで、部門単位の責任も明確になります。これにより、組織内のモニタリングも効果的に行えます。
セグメント情報の開示例
参考までに、具体的な開示例として、ホンダの2024年度第2四半期における事業の種類別セグメント情報を引用させていただきます。より詳しい情報につきましては、同社の有価証券報告書をご参照ください。
【ホンダのセグメント構成】
ホンダは、事業内容に応じて以下の4つのセグメントに分類しています:
こうしてみると、四輪事業が6兆9875億円と、連結売上高10兆7976億円の約65%すなわち3分の2近くを占めていることが分かりますね。これに対して、二輪事業は1兆8107億円と、連結売上高の17%弱となっており、金融サービス事業とほぼ同水準の準主力事業とみることもできそうです。
一方で、興味深いのはセグメント別の営業利益に関する序列です。
売上高は四輪事業の3分の1以下である二輪事業が、営業利益については3258億円と四輪事業の2580億円を上回っているのですね。続く金融サービス事業が1627億円で、パワープロダクツ事業及びその他の事業が逆に40億円弱の営業赤字と振るいません。
売上高営業利益率でみると、次のようになります。(赤字のパワープロダクツ事業等は除く)
全社ベースでは売上高営業利益率が7%弱となっていますが、それを最も強く牽引しているのは二輪事業の18.0%です。次に続くのが金融サービス事業で、いかにも四輪事業の収益性が重たい印象を受けます
ホンダがもとよりバイクを主戦場として始まった企業であることを考え合わせると、ここに強みの源泉があるという見方をすることができますね。
とはいえ、売上高のボリュームとしては四輪事業が二輪事業の3倍以上の実績があるので、今後の四輪事業の収益性をどのように高めていくかによって、業績に大きな影響を与えることは想像に難くありません。
このように、セグメント情報は企業の主力事業が何かを明確にすることができるとともに、過去2~5年との期間比較をすることで、時に経営陣の戦略的な関心がどこに移ってきているかを推し量ることができるため、投資判断情報としてはとても有用性が高いと言えます。
近年は、気候変動やサステナビリティ(持続可能性)などの非財務情報にも注目が集まっており、財務情報とあわせて「どの事業が環境負荷を与えているか」「ESG(環境・社会・ガバナンス)にどう貢献しているか」といった観点でもセグメントごとの情報が求められるようになってきました。
また、デジタル化の進展により、企業の事業構造も複雑化しています。こうした変化に対応し、よりわかりやすく、実態に即したセグメント情報の開示が今後ますます重要になると考えられます。
柴山政行(しばやま まさゆき)
公認会計士・税理士
柴山会計ラーニング株式会社代表 公認会計士税理士事務所所長
公認会計士・税理士としての業務のほか、経営者や税理士向けにコンサルティング指導、メルマガ・インターネットを中心とした簿記・会計教材の製作、会計関連の講演やセミナーなど、多岐にわたって精力的に行っている。 また、小中学生から始められる簿記・会計教育「キッズ★BOKI」のメソッドを開発し、その普及に力を注いでいる。
<柴山会計ラーニング株式会社>
https://bokikaikei.info/
<柴山政行のYou Tube会計大学>
https://www.youtube.com/@shibayama999