新しい本社機能に生まれ変わるためステップアップロードマップ 2025.08.18 (UPDATE:2025.08.18)
柴山政行(しばやま まさゆき)
日本企業、自社株買いが過去最大ペースに加速
2025年に入ってから日本企業の自社株買い(自己株式取得)が急増し、1月から5月までの累計は約12兆円に達した旨が、6月12日の日経朝刊で報じられました。これは、かつてない水準で、2024年の同時期比でほぼ2倍、年間ベースではさらに伸びる勢いです。
企業の狙いと買い方の変化
自社株買いの主な目的は、資本効率向上と株主還元。市場に流通する株を減らすことで、EPS(1株当たり利益)やROE(自己資本利益率)が上昇し、投資の魅力度を引き上げます。また、東証や金融庁が「PBR1倍以下企業の是正」を繰り返し求めており、一定の買戻し圧力が政策的にも働いています。
従来は設定額を一気に買い付ける企業が多かった中、2025年4~5月は「取得期間の長期化」と「計画に沿って柔軟に買い進めるスタイル」が増加しました。これを受けたかたちで市況や株価を見極めながら、段階的に市場にアクセスするスタイルへの転換が見受けられます。
また、最近注目されている新たな米国関税や外部ショックへの対抗策としても、自社株買いは信頼材料とみなされる可能性があります。海外投資家からは自社株買いを好感する傾向が強いと見られ、日本企業の相次ぐ買戻しはガバナンス改善の証とも受け止められています。日本株への外資マネーの流入傾向も、自社株買いや需給の逼迫を好感した動きであるといえるでしょう。
自社株買いの光の部分
自社株を取得するメリットは次の通りです。
第一に、株価支援と市場信頼を醸成し、見通し不透明な局面でも安定要因となり得ます。第二に、資本効率改善すなわちROEやEPSの上昇に直結し、投資家評価がアップします。第三に、経営の自信表明として、企業が自己株を選ぶ行為は「価値割安への自信表明」と解釈されます。
自社株買いのリスクと課題
まず、成長投資とのトレードオフが生じます。資金を株買いに割くことで、研究開発や設備投資が後回しになるかもしれないとの懸念があります。
次に、一時の株価防衛に過ぎない可能性があり、「買い戻しだけでは十分でなく、構造改革が不可欠」との指摘もあります。
さらに、市況・為替のリスク要素ともなりえるため、米中摩擦、円高リスクなど、グローバル要因により計画変更の余地が残されている点も無視できません。
今後の見通しとしての「拡大」と「深化」の二段階
2025年内には自社株買い総額がさらに拡大するという見方もありますし、さらにはガバナンス改革との連動強化として、単なる買戻しにとどまらず、「取締役会の刷新」「非中核資産の売却」「M&A」など、資本政策と経営改革が併行する動きがトレンド化しています。これらに加えて、日本株の投資魅力度が向上し、海外投資家評価の上昇と相まって、日本企業の自社株買いは「資本市場の信頼回復」に向けた重要な一歩と見なされ、「日本投資」の再評価につながる動きも期待されます。
一方で企業は、単なる株価対策にとどまらず、取締役会改革や資産再構築といったガバナンス改革と組み合わせて資本政策を実行しようとしています。しかも海外投資家からの評価も向上しており、日本株の再興を支える構図が明らかになりつつあります。ただし、株主還元と同時に、成長投資とのバランスが今後の鍵を握ると言えるでしょう。
経済・市場情勢が不透明な中、企業は自社株買いを「バッファーとしての機能」として活用しつつも、構造改革への着手が今後の評価において不可欠な要素となりそうです。
自社株買い(自己株式取得)は、これまでにも見てきたように、上場企業が自社株式を市場などから買い戻すことを指します。買い戻した株式は消却されることもあれば、「金庫株」として保有し、将来的にストックオプションやM&Aの原資に利用されるケースもあります。
このような自社株買いが促進されると、企業の経営、特に財務諸表や財務指標にどのような影響があるのか、簡単な計算例などを用いて確認してみましょう。
自社株買いにより発行済み株式数が減少すると、1株あたり利益(EPS)や1株あたり純資産(BPS)が相対的に向上し、投資家の評価が高まりやすくなります。
なぜ「PBR改善」に効くのか?
PBR(Price Book-value Ratio;株価純資産倍率)とは、株価をBPS(Book-value Per Stock;一株当たり純資産)で割った指標で、「PBR=1倍未満」ならば株価が企業純資産を下回る“割安”な状態とされます。
ここで、簡単な計算例を用いて、PBRが1倍を割っている状態の意味を考えてみましょう。
(設例)A社のバランスシート(B/S;貸借対照表)における財政状態は、資産500億円・負債300億円・純資産200億円だと仮定します。A社の発行済み株式数は1億株です。
この時、ある日のA社の株価が300円だとすると、この会社のBPSはいくらになるでしょうか。
また、そこから半年後に会社が大幅な業績の下方修正を余儀なくされたため、なんとこの影響で最大40%、すなわち120円もの株価ダウンに見舞われました。結果、一年後の株価180円まで下落してしまったのです。一年後の純資産はほぼ変わらないとします。
以上の情報をもとに、A社のBPSを求めるとともに、当初のPBRと一年後のPBRを求めてみましょう。もしよろしければ、次に進む前にいったんご自身で電卓を使って計算してみてください。
それでは、解答例を見ていきましょう。
まず、A社のBPS(一株当たり純資産)ですが、これは次の計算式で求められます。
※A社のBPS
純資産200億円÷発行済み株式数1億株=200円
次に、A社の当初の株価300円と一年後の株価180円を用いて、それぞれの時期のPBRを計算してみます。
※A社のPBR
当初のPBR 株価300円÷当初のBPS200円=1.5倍
一年後のPBR 株価180円÷当初のBPS200円=0.9倍
いかがでしょうか。
株価は大雑把にいえば会社の値段(買収価値)の目安と考えられます。
当初はA社の一株あたり純資産(PBR)200円に対して株価が300円と高く1.5倍でした。しかし、会社の業績不振を原因とした株価下落により一年後の株価が180円と40%も下がったため、PBRは0.9倍と1倍を下回ってしまったのです。発行済み株式数をかければ株価総額でも同じ状況となります。
これは、言い換えれば、会社の将来性も含めた値段(株価)が会計帳簿上の価値(既存の経済活動の結果として算定した過去の価値)を下回る結果となり、株式市場は経営者に対して、経営をうまくやれていないのではないかと見る立場もあるのですね。
日経によると、2025年1~5月の自社株買い枠設定企業のうち、PBRが0.5~1倍未満の企業が最も多く、この層が積極的に自社株買いを活用しているとのことです。
自社株買いで発行済株数が減り、BPSが底上げされ、株価の低迷と相まってPBRが向上しやすくなる点がポイントです。そのため「PBR改善策」を目指す企業にとって効率的な手段となっています。
自社株買いとその影響に関連する用語について
ここで、改めて知識の整理として、自社株買いにより影響を受ける財務分析指標と関連用語の意味、簡単な要点の説明を整理しておきましょう。
自社株買いが選択されるようになる背景と狙い
日本企業の約半数がPBR:1倍未満であるため、その改善策として、PBRの分母を構成する純資産の控除項目である自社株の取得が選択されやすい状況となっています。
また、2023年以降、東京証券取引所はPBR改善や資本効率の向上を企業に促しています。この流れで自社株買いは資本政策の重要手段とされているわけです。
自社株買いによりもたらされるメリットの再考と注意すべき点
【メリットの確認】
株主還元強化:EPSやBPS上昇により指標改善と株価支援が期待され、投資家評価を後押しする。
経営メッセージ:「自社株が割安」と強気に株価を買い取る行動は、市場に対する信任の表れとなる。
【注意すべき点】
一時的効果に留まる可能性:短期的には指標改善しても、業績や収益性の本質的向上なしでは持続せず、単なる指標の入れ替えに終わるケースもあります。
成長投資とのトレードオフ:資金を自社株の買い戻しに回すことで、設備投資や研究開発などへの余力が減少することが課題となってきます。
以上より、自社株買いはPBR改善や株価指標の向上を短期間で狙う手段として多くの企業に選ばれています。特に、PBRが0.5〜1倍と“割安”とされた企業層で顕著な活用が見られます。しかし、この施策による指標改善は表面的なものであり、成長戦略や収益力強化などを伴って初めて、真の企業価値向上につながります。
自社株買いは「効率的かつ即効性のある資本政策」の一部ですが、ファンダメンタルズ強化や長期投資を意識した全体設計がなければ、その持続効果は限定的です。よって、経営判断としては、成長への投資と資本効率向上を両立させる戦略が不可欠と言えるでしょう。
自社株の取得は株主還元の代表的な手法の一つですが、それ以外にもいくつか株主に会社が稼いだ利益を還元する方法があります。
配当(増配)
配当とは、企業が得た利益の一部を株主に現金などの形で分配する仕組みです。その配当金を増やすことを「増配」と言います。
株主にとって、受け取る金額が増えることは明確な利益であり、企業が利益成長や安定性をアピールする手段でもあります。増配の発表があると、企業の将来性への期待が高まり、市場で株が買われやすくなるため、株価が上昇するケースもあります。
結果的に、配当だけでなく株価上昇の恩恵も受けられることがあり、株主にとっては二重のメリットが生まれます。
配当と自社株の取得の二つが、重要な株主還元策としてはツートップといえるでしょう。
株主優待
株主優待は、企業が一定の株式を保有する株主に対し、自社製品やサービスの割引券などを提供する制度です。現金とは異なる形で利益を還元する方法として、日本の投資家に人気があります。
すべての企業が導入しているわけではなく、上場企業のおよそ4割が採用していると言われています。中には、投資額に対して非常にお得な内容の優待を実施している企業もあります。株主優待の内容は四季報や企業のIRページなどで確認できます。
株式分割
株式分割とは、1株を複数の株に分けて発行済み株式数を増やす手法です。たとえば、1株を2株に分割すれば、株価は理論上半分になります。
これにより、最低購入金額が下がり、個人投資家など新たな投資層が参入しやすくなります。たとえば、1株10,000円だったものが分割によって5,000円になると、より多くの人が購入を検討できるようになります。
株主が保有する資産の総額は分割によって変化しませんが、株価の上昇要因になることで、結果的に既存の株主の利益が増える可能性もあります。これは市場参加者が増えることで株の需要が高まり、価格が上昇することがあるためです。
配当性向だけでは不十分?
従来、企業は「配当性向◯◯%」という利益ベースの目安を提示して株主還元を示してきましたが、利益が変動すると配当も上下しやすく、長期安定を望む投資家からは課題視されてきました。これに対して、最近では株主資本に対する配当率を表す「DOE(Dividend on Equity ratio)」を採用する例が増加しています。
DOEは株主資本配当率とも呼ばれ、株主資本(おおむね純資産に近い概念)を母数とするため、利益に左右されず、より継続性のある配当規律が期待できる仕組みです。
利益は景気変動により年度ごとに大きく変動することがあることから、過去と比較して現在の配当が望ましい水準かどうかを判断しにくい側面があるとされていました。これに対して、株主資本(ないし純資産)は貸借対照表のストックであり、年度ごとに利益ほどは大きくブレないため、安定的に企業の利益還元政策を判断しやすい指標として注目を浴びるようになっています。
以上を踏まえ、企業の株主還元政策を判断するにあたり、次の3つのポイントに留意するのがよいと思われます。
株主還元への期待が高まる中、自社株買いの状況・増配の有無・株式分割等の派生的な還元対策に加え、配当性向やDOEによる企業の姿勢の判断は、株主にとって今後ますます重要になるでしょう。
もちろん利益還元ばかりを追い求めるのではなく、長期的な視点も持ちながら、成長戦略との整合性や財務の裏付けが伴ってこそ意味を持つものであることを忘れることはできません。
企業側にとっては、「配当に加え再投資も可能」という健全な資本政策の構築が、株主・市場からの信頼を得るうえで不可欠である、と考えるべきなのだと思います。
柴山政行(しばやま まさゆき)
公認会計士・税理士
柴山会計ラーニング株式会社代表 公認会計士税理士事務所所長
公認会計士・税理士としての業務のほか、経営者や税理士向けにコンサルティング指導、メルマガ・インターネットを中心とした簿記・会計教材の製作、会計関連の講演やセミナーなど、多岐にわたって精力的に行っている。 また、小中学生から始められる簿記・会計教育「キッズ★BOKI」のメソッドを開発し、その普及に力を注いでいる。
<柴山会計ラーニング株式会社>
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