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よくわかる、使える会計知識 ~「加速する政策保有株売却の背景と、これから企業に求められる変化とは」~

よくわかる、使える会計知識 ~「加速する政策保有株売却の背景と、これから企業に求められる変化とは」~

 柴山政行(しばやま まさゆき)

 政策保有株の売却が20253月期に9.2兆円と過去最高 

 2025727日の日経電子版によりますと、日本の上場企業の間で、長年にわたり維持されてきた「政策保有株」の売却が急速に進んでいる旨が報じられていました。20253月期には、その売却額が9.2兆円と過去最高を記録し、これは前期比で5割以上の増加であり、企業と資本市場の関係が大きな転換点を迎えていることを示唆しています。

 この動きの背景には、東京証券取引所(東証)や機関投資家からの強い要請があります。東証は、上場企業に対し、資本コストや株価を意識した経営を強く求め始めました。これを受け、企業は資本効率を向上させる経営改革を迫られています。従来の安定株主として互いの株式を持ち合う慣行は、資本の有効活用を妨げ、企業価値の向上を阻害するとの批判が高まっていたのです。
 特に売却を主導しているのは金融機関です。大手金融機関が軒並み持ち合い解消に動いており、例えば大手金融・保険会社が約9200億円を売却するなど、その規模は過去にないほど拡大しています。事業会社でもこの流れは顕著で、トヨタグループが積極的に売却を進めています。トヨタ自動車では6433億円、またグループ企業なども多額の株式を市場に放出しました。

 業界内の結びつきが強かった建設や不動産セクターも例外ではありません。大手の不動産企業では、保有する他社株式を減らす動きを見せています。こうした広範な持ち合い解消の結果、上場企業の政策保有比率は初めて30%を下回り、長年「岩盤」と表現されてきた企業間の持ち合い関係が解体されつつあります。

 安定株主が減少することで、企業経営はより一層の緊張感にさらされることになります。物言う株主(アクティビスト)からの提案や、敵対的買収のリスクが高まるなど、株主からの圧力が強まっているのが現状です。
 このような環境変化の中、企業に求められるのは、政策保有株の売却で得た資金の有効活用です。単に株を売るだけでなく、その資金を成長投資や株主還元に振り向け、企業価値を高める中長期的な戦略を明確に示すことが、これからの日本企業に課せられた喫緊の課題と言えるでしょう。

 

政策保有株の一般的な会計処理と財務諸表への
表示方法について
 

 政策保有株は「持ち合い株」とも呼ばれますが、その会計処理につき、日本の企業会計基準において「その他有価証券」として分類することが一般的と考えられます。これは、市場価格の変動が損益計算書に直接影響を与えるのを避けるためです。

 

政策保有株の会計処理の概要 

 会計的な側面から見ると、政策保有株は事業上の関係を維持・強化するために保有される株式ですが、親会社・子会社など関連会社以外の株式がこれにあたると考えられます。これらは通常、売買目的有価証券満期保有目的の債券とは区別されます。


取得時の会計処理

 取得原価は、購入対価に付随費用(手数料など)を加えた金額です。仕訳は、「その他有価証券」勘定(資産)を借方に、「現金預金」などを貸方に計上します。

※政策保有株を取得した時の仕訳例

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期末の評価 

 期末の評価は、期末時点の価格(時価)に保有株数をかけて計算する「時価法」を適用します。
 ただし、時価の変動を当期の損益に直接反映させるのではなく、「その他有価証券評価差額金」という純資産の項目で処理します。これは、時価の変動が将来売却されるまで確定しないため、未実現の損益を当期の損益と区別するためです。

  ・時価が簿価を上回る場合:

    • その他有価証券評価差額金(純資産)を貸方に計上。
    • その他有価証券(資産)を借方に計上し、簿価を時価まで引き上げます。

 

※政策保有株を期末に時価評価した時(値上がりした場合)の仕訳例(税効果の適用なし)

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  ・時価が簿価を下回る場合: 

    • その他有価証券評価差額金(純資産)を借方に計上。 
    • その他有価証券(資産)を貸方に計上し、簿価を時価まで引き下げます。 

 なお、その他有価証券評価差額金は、いわゆる税効果会計の対象となります。将来売却されて当該損益が実現した時に法人税等が課税されるため、その効果をあらかじめ調整しておく必要があります。

ちなみに、期末に時価評価した後の翌期首には、取得原価に戻すための再振替仕訳という仕訳を行います。期末時点は時価で評価するものの、売却を当面は予定していないため、期末日以外では取得原価に評価を戻しておきます。
 これは、前期末の時価評価を取り消すために行うので、前期末の時価評価と反対の仕訳になります。

※政策保有株(値上がり分)を翌期首に再振替仕訳した時の仕訳例(ここでは税効果を無視する)

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売却時の会計処理 

 売却時には、売却価額と帳簿価額(評価替え後の金額)との差額を「投資価証券売却益」または「投資有価証券売却損」として、特別損益に計上します。

※政策保有株を売却して、現金を受取った時の仕訳(売却益が生じる場合)

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貸借対照表における表示 

 政策保有株は、貸借対照表の資産の部投資その他の資産「投資有価証券」として表示されます。 また、期末評価時に生じたその他有価証券評価差額金は、純資産の部その他の包括利益累計額に表示されます。

  表示例(決算日時点) ※政策保有株の時価が5,500,000円、値上がり分が343,000円の場合

  貸借対照表
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トヨタの開示例に見る、
あるべき政策保有株のすがたと今後の動向
 

 本稿の冒頭でも述べたように、金融機関だけでなく、トヨタなどの事業会社でも、政策保有株の売却が近年さらに進んできています。今回は、政策保有株数が多く、その規模から日本経済へのインパクトが大きいトヨタを例にとり、政策保有株がどのように有価証券報告書などで情報開示されているかを見ていきましょう。(参考:20253月期有価証券報告書より)

 

1)政策保有株に関する基本姿勢

 トヨタ自動車は、有価証券報告書において「純投資目的の株式は保有していない」と明確に述べています。つまり、株価変動による値上がり益や配当収入を狙った短期的な投資ではなく、事業シナジーや取引関係の強化を目的とする政策保有株式のみを保有しているのです。
この方針は、日本企業に長年根付いてきた「持ち合い株」慣行と似た側面もありますが、トヨタの場合は単なる慣習的な関係維持ではなく、事業戦略上の合理性に基づいた選択として位置づけている点が特徴といえます。

 

2)政策保有株の意義

 トヨタにとって政策保有株は、開発・調達精算・物流・販売などのビジネスプロセスにおいて、種々の協力関係が不可欠となっている自動車事業などで、中長期的な視点から企業価値の向上に有効となる場合に限られていると考えられます。
 たとえば、部品供給や販売ネットワークを長期的に確保するなど取引関係を安定化させる、通信やAIなどの分野で協力関係を強化する、競合他社に対する優位性を維持するための事業基盤の強化につながるなど、政策保有株はトヨタの競争力の一部として機能しているという印象を受けます。

 以上の視点を踏まえ、毎年、保有株式の合理性が検証されていることが分かります。
 たとえば、資本コストとの比較で投資リターンが資本コストを上回っているかどうか、企業価値向上や技術提携に資するかどうか、など、様々な視点で検討を加えたうえで、戦略的に必要な株式だけを残す、という運用が整えられています。

 ここでは、有価証券報告書を参考に、政策保有目的で保有する具体的な銘柄の例をいくつか取り上げ、その保有ポリシーについて一緒に見てみましょう。

 

 (具体例)主要銘柄の戦略的意義(有価証券報告書2025/3 P118より)  …一部引用

  ・KDDI株式会社  

  • 出資比率:9.28%
  • 貸借対照表計上額:959,347百万円

 1980年代の通信自由化を契機に、トヨタはTWJIDOなど通信企業に出資した流れからKDDI株主となりました。その後、自動車の「つながる化」が進展する中で、テレマティクスやクラウド間の通信におけるグローバル通信プラットフォームを共同で構築しています。2021年には株式を追加取得しましたが、2023–2024年には一部売却して資本関係を最適化しました。

※戦略的意義:モビリティと通信の融合を象徴する提携であり、コネクティッドカーやデータビジネスの基盤を形成しています。

 

MS&ADインシュアランスグループHD

  • 出資比率:6.56%
  • 貸借対照表計上額:340,405百万円

 1959年に千代田火災へ出資した歴史を持ちます。再編を経て現在はMS&AD株を保有しています。トヨタはコネクティッド技術を応用した保険商品を共同開発しており、モビリティ保険サービスの拡充を目指しています。

※戦略的意義:自動車の利用実態データを活用する保険事業との親和性が高く、モビリティ社会の安全性を高めるパートナーシップとなっています。

 

・日本電信電話株式会社(NTT

  • 出資比率:2.23%
  • 貸借対照表計上額:292,205百万円

 2020年に株式を取得し、スマートシティ構想の基盤づくりを共同で推進しています。2024年にはAI・通信基盤を活用した「モビリティAI基盤」の構築に着手しました。

※戦略的意義:都市・モビリティ・インフラを統合するスマートシティ戦略の中核であり、交通安全の次世代基盤に直結しています。

 

 以上より、トヨタ自動車の政策保有株に関する姿勢は、従来型の持ち合い株とは異なり、明確な事業戦略に基づいた合理的判断によるものと考えられます。
 保有目的は定期的に検証され、必要に応じて売却も行われます。その中で残されている株式は、通信・金融・モビリティといった次世代戦略の核心を担うパートナー企業ばかりです。
 今後もトヨタは、政策保有株を「資本効率を犠牲にする不透明な資産」ではなく、「未来志向の事業連携を支える戦略資産」と位置づけ、最適化を進めながら世界のモビリティ社会をリードしていくことが期待されます。 

 

 以上のようなトヨタの例を見てもわかるように、政策目的で株式を保有するにあたっても、以前、日本企業が海外からこぞって指摘されてきた安定株主対策のような側面は姿を消しつつある、と言っても過言ではないでしょう。
 これは、上場企業に対する資本市場の監視の目が厳しくなり、PBR経営など、企業としての本来あるべき姿を明確なビジョンとして示す必要性が格段に高まったことが背景としてあるように思います。

 

 かつての高度成長期や安定成長期のような右肩上がりのシンプルな図式で経済が動いていない昨今の情勢下では、取引関係の安定化といった、環境変化が少なく経済が順調だった時代に即応した経営姿勢はもはや受け入れられないのかもしれません。

 今後、ますます政策株保有に対する投資家の目は厳しくなっていくことでしょう。

 

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