公認会計士 中田清穂のIFRS徹底解説
中田 清穂(なかた せいほ)
有給休暇に関する会計処理については、本コラムでも2度ほど取り上げてきました。
第21回 「有給休暇引当金を計上しないケース」
https://www.superstream.co.jp/column/tettei-vol-021
第22回 「有給休暇引当金の対応事例」
https://www.superstream.co.jp/column/tettei-vol-022
今回は、2014年3月期までに有価証券報告書でIFRSを適用している27社で、実際に有給休暇に関する表示や開示がどのように行われているのかを分析してみました。
有給休暇に関する債務が、財政状態計算書でどの勘定科目に含まれているのかをまとめると以下になります。
27社中14社という、過半数の会社が、有給休暇に関する債務をどこに含めているのかわかりません。
判明している企業13社のうち、もっとも多いのが「その他」に含めています(9社)。
「引当金」勘定に含めている企業は、住友商事、日本板硝子及びトーセイの3社だけです。
もうこの分析だけで、日本企業における有給休暇引当金の論点は、いろいろ騒がれた割には、結局計上されないか、あるいは重要性がない論点として、実務上取り扱われたケースが非常に多いのではないかと推察できます。
財政状態計算書での表示科目では、有給休暇に関する債務の金額は把握できませんが、注記を見ると判明します。
有給休暇に関する債務が、注記でどのように表現されているのかをまとめると以下になります。
微妙に統一性がありません。
バラバラです。
ディー・エヌ・エーは、財政状態計算書では「その他の流動負債」で計上し、注記で「未消化の有給休暇」として処理していることはわかるのですが、実際の計上額が把握できません。
財政状態計算書や注記では、有給休暇に関する債務が計上されたかどうか判明しないものの、初度適用の際に開示が要求されている「会計基準差の調整表」で、有給休暇に関する債務計上を調整項目として明示している企業があります。
それは、アンリツ、中外製薬、ソフトバンク、そーせいグループ、伊藤忠エネクスの5社です。
このうち、ソフトバンクと伊藤忠エネクスは、調整金額が把握できません。
上記までで、有給休暇に関する取扱が全くわからない企業は、以下の10社です。
SBIホールディングス
マネックス
丸紅
旭硝子
武田薬品
第一三共
リコー
伊藤忠商事
三井物産
三菱商事
これらの企業については、有給休暇に関する債務が、全く計上されていないか、計上されていても重要性がない金額であったかのどちらかであったと思われます。
2013年3月期までにIFRSを先行適用した企業は、27社中10社ですが、ここには2社しか含まれておらず、少ないように思われます。
後からIFRSを適用する企業ほど、有給休暇に関して該当がないか重要性がないと判断されているように感じます。
ちなみに、上記10社を監査している監査法人は、あずさが5社、トーマツが4社、新日本が1社でした。
実際に有給休暇に関する債務計上額が判明している企業について、少し乱暴ですが、分析を試みてみました。
ただ、HOYAについては、注記での表現が、「未払給与・未払賞与・未払有給休暇」ということであったために、有給休暇に関する債務計上額が特定できないので、試算対象から除外しました。
有給休暇に関する債務計上額が特定できた11社の試算結果を表にしたのが以下です。
(a)で、計上額として当年度ではなく、前年度としたのは、「会計基準差の調整表」でしか把握できない企業があったためです。
(b)と(d)の数値は、各社の有価証券報告書から抽出しました。
(f)の計算対象日数は、(c)の一人当たりの計上額を、(e)の平均給与で除して算出しました。
まず、計上額が最も多いのは、日本たばこ産業ですね。
200億円近く計上しています。
突出していますね。
ただ、従業員数が住友商事に次いで多いので当然と言えば当然でしょう。
ただ、この試算には以下のような問題点があります。
(1) (c)の一人当たり計上額を計算するための(b)の従業員が、連結ベースの全員ですが、実際には、有給休暇に関する債務を計算する上で除外しなければならない人数が含まれているので、不正確になる可能性があります。
(2) (e)の平均日数を計算するために、(d)の平均年間給与を2013年度の平日である244日で除しているが、実際の勤務日数は、各社の休日が同じではないので、不正確になる可能性があります。
(3) 実際には、連結対象会社ごとに有給休暇に関する債務を計算する必要がありますが、この試算では、連結ベースで計算しているので、不正確になる可能性があります。
以上の問題点を踏まえながらも、あえて試算結果を見てみると、トーマツが監査している企業は、比較的、(f)の計算対象日数が多いように感じられます。
特にそーせいグループは、19日を超えています。
日本では、有給休暇は年間20日が限度ですから、ほとんど全員の1年分の有給休暇が対象になっていると言えます。
突出していますね。
逆に住友商事は、1日に達していません。
計上額も従業員数も大きな数値なので、誤った計算をした可能性がありますが、それにしても少ないですね。
こういった現象がなぜ起きるのか?
それは、監査法人によって、IFRSの基準書の解釈が異なっているからではないかと、私は考えています。
具体的には、IFRSの有給休暇に関する債務の測定方法が、「先入先出し」と「後入先出し」のどちらなのか、ということです。
今後IFRS適用企業が拡大していく過程で、実務上大問題になるのではないかと感じています。
中田 清穂(なかた せいほ)
1985年青山監査法人入所。8年間監査部門に在籍後、PWCにて 連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年同社退社後、有限会社ナレッジネットワークにて、実務目線のコンサルティング活動をスタートし、会計基準の実務的な理解を進めるセミナーを中心に活動。 IFRS解説に定評があり、セミナー講演実績多数。