トレンド情報 2025.01.20 (UPDATE:2025.01.20)
中田 清穂(なかた せいほ)
キヤノンITソリューションズが発行するコミュニケーション誌「STIC×DREAM(スティックバイドリーム)」にて、SuperStreamが取り上げられました。
今回、Vol.12の特集「バックオフィスDXが今後の成長の鍵」にて、有限会社ナレッジネットワーク 代表取締役であり、一般社団法人日本CFO協会 主任研究員でもある中田清穂氏をゲストにお迎えし、「経営の意思決定に資する『情報提供者』としての期待と変革」について語っていただきました。
本記事の内容を転載いたしますので、ぜひご覧ください。
https://www.canon-its.co.jp/corporate/stic-dream
DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが、ビジネスの成否を決するといわれるようになって久しい状況です。
2018年に経済産業省から発表された『DXレポート』では、運用維持に多大なコストと労力を要し、DX推進の足かせともなるレガシーシステムの刷新が、「2025年の崖」というキーワードとともに注目を集めました。
その2025年が目前に迫り、企業のDXへの取り組み状況はどう進展しているのでしょうか。
そうした視点から、一般社団法人日本CFO協会主任研究委員で公認会計士の中田清穂氏に、今後の企業の成長、ひいては日本経済の成長にとって欠かせない「バックオフィスDX」の重要性を、経理部門での取り組みを中心に伺いました。
―『DXレポート』は2025年までにDX(デジタルトランスフォーメーション)による「2025年の崖」の克服が、日本の成長にとっての命題であると指摘しました。
その2025年を目前に、現在のDXの推進状況をどう見ていますか。
中田清穂氏(以下、中田氏) 日本企業におけるDXの進展状況については、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が企業のIT投資・IT戦略の動向を調査した「企業IT動向調査」が参考になります。最新版の2023年度版の結果から私が気付いたのは、IT予算を増加させている企業の多くがその投資対象を「基幹システムの刷新」とする一方で、自社システムの「半分以上がレガシーシステムである」「半分程度がレガシーシステムである」と答えている企業も多いという状況です。
基幹システムの刷新に予算を投じながら、レガシーシステムが使われ続けているという矛盾があるように感じます。私なりに分析すると、ここでいわれているレガシーシステムとは、「テクノロジー自体が古い」というだけでなく、「肥大化、複雑化して使い勝手が悪いシステム」や「ブラックボックス化して、特定のユーザーしか使いこなせない属人化したシステム」が、現在も多く使われ続けているということではないでしょうか。
多くの企業が相応の投資を行ってレガシーシステムの問題の解消に努めながら、実際には使い勝手の悪さや属人性の問題を払拭できずにいることが、この調査からも明らかになっているのではないかと考えます。
―いまだ「2025年の崖」の克服に取り組んでいる企業が多いといえそうですが、原因はどこにあるのでしょうか。
中田氏 1つには経営トップが新たな基幹システムを決定する際に、十分に現場の業務やシステムの機能を理解することなく、豊富な導入実績だけを見て意思決定を行っているケースが多いことが挙げられます。
海外のパッケージの多くは、製品が提供するいわゆる「ベストプラクティス」に合わせて、企業が自社の業務プロセスを変革していくことを前提としています。
対して、多くの日本企業は自社の業務プロセスに合わせてシステムのカスタマイズを行う傾向があります。
そのためシステム投資が増大するだけでなく導入までの期間が長くなり、期待した効果がなかなか出ないという状況になります。
―今後も企業のトップによる実際の業務フローやITに対する理解、さらにその先のデータ活用に対する理解を高めていくことは、DXにとって重要なテーマとなりそうですね。
中田氏 その通りです。例えば、近年では電子帳簿保存法が改正され、契約書・領収書のスキャナ保存が認められるなど内容が大きく変化してきています。
企業経営者の多くは、そうした法改正の内容そのものや、自社の業務プロセスに対する影響は理解しています。しかし、そうした法改正に至った背景や狙いまでしっかりと把握している経営者は限られるのではないでしょうか。
電子帳簿保存法でいえば、施行当初から日本政府は国内企業のデジタル化・IT化が遅れていることによる生産性の低さを問題視し、紙文化からの脱却をめざして領収書や請求書の電子保存を認める法制を整備したという背景や狙いがあります。
企業側は法律が変わったから仕方なく対応するのではなく、そのような法改正の背景や狙いをしっかりと理解し、“トランスフォーメーション”の契機として当該業務領域のIT化、デジタル化に取り組んでいくことが重要です。そうした積み重ねによってDXが進んでいくでしょう。
―法改正対応も含め、最近では経理、財務、人事など、企業の間接部門における「バックオフィスDX」の推進も重要な課題となっています。
中田氏 間接部門の効率化は企業の業績に直結しないと見られがちですが、バックオフィスDXの推進は日本企業の成長にとって大きな可能性があると考えています。
経理部門を例に挙げると、多くの日本企業の経理部門では、これまで遂行してきた業務プロセスを変えたくないと考える傾向が強いと感じています。
というのも、現在の経理部門が担っている業務のほとんどは、社外に対する報告の正確性を担保するためのものだからです。経理部門にとっての最重要課題は業務を遺漏なく進めることであり、業務改革を伴うDXなどの取り組みは、業務を変えることでミスが発生する可能性として避けたいと考えがちです。
―従来の業務を変えることがリスクだと捉えられてしまうわけですね。
それではDXは進みません。
中田氏 バックオフィスDXを推進していくには、間接部門に根強く残るそうした意識も含めて変革していくことが求められるでしょう。
経理部門は社内のあらゆる業務に関与し、事業に関するあらゆる数字が集まる部門です。そのためバックオフィスDXの「X」、つまりトランスフォーメーションの観点でいえば、企業の経理部門は経営者の意思決定に資する情報の提供者へと変革できるポテンシャルを持っていると考えています。
前述した通り、日本の経理部門の多くは法律に基づいて実施される制度会計を主な業務としており、スタッフなどのリソースのほぼ全てをその対応に投入しています。対して欧米や新興国の企業で、制度会計に費やすリソースは3割程度です。残りの7割は会計を通じて会社の状態把握や将来の変化予測を行う管理会計に振り分けており、この割合をさらに増やしていこうとしています。
そのためには、デジタルとITを駆使して制度会計に関する業務の効率化、省力化、正確化を進めなければいけませんから、必然的にDXが進みます。
正確性の担保と“過去の数字”を扱うことを経理業務と捉えている日本に対し、欧米や新興国では予実管理に基づく業務の予測に重点を置いています。予算と実績の隔たりを分析し、経営者が事業の行き先にかかわる意思決定を行うための“予測精度を高める”ことに、経理部門の大部分が専念している。
日本経済停滞の原因の1つには、こうした違いもあると考えています。
―そうした欧米型の経理部門への変革を、日本の経営者も主導していかなければならないということでしょうか。
中田氏 大きく2つのアプローチがあるのではないかと考えています。
1つは、経理部門のトップやメンバーが、自ら「経営者の意思決定に資する情報の提供者」に変わることを意識して、部門内で必要な改革を行うことです。
その上で、経営者に経理部門がこれまでとは異なる役割を果たせる組織であることを認識してもらうわけです。もう1つは、逆に経営者がリーダーシップを発揮して経理部門の役割を再定義し、新しい任務の遂行に向けて変革していくというアプローチです。
いずれにせよ、経営者が経営上よりよい意思決定を行うために必要な“未来予測情報の提供”を、経理部門が担っていく体制を構築することは、経営者による予実に基づくヒト、モノ、カネといったリソースの投資意思決定の適正化につながります。
その過程ではデジタル化、IT化による業務の効率化は必須ですから、生産性の向上や働き方改革、多様な人材の採用もおのずと進むでしょう。
そうしたバックオフィスDXの実現で企業の競争力は向上し、収益の向上へとつながります。
さらに従業員の賃金上昇や、より最適化された設備投資や開発投資へとつながっていくでしょう。
個々の企業の稼ぐ力が増加すれば、世界における日本経済そのものの競争力も高まります。
バックオフィスDXの推進を進めることは、このようなストーリーを描くこともできるわけです。
―間接部門がDXを通じて新しい役割を果たせるようになるには、どのような取り組みから進めるべきでしょう。
中田氏 例に挙げた経理部門は、数字には圧倒的に強いわけですが、未来予測情報の提供という新しい役割を担うためには新しいスキルも必要になります。
その1つは統計学に関する知識でしょう。統計学の専門家になる必要はありません。
初歩でもいいので経理部門が統計学のスキルを身に付けるだけで、普段の業務で扱っている数字から違うものが見えてくるはずです。
また、予測やシミュレーションを支援するソリューションは、すでに数多く提供されています。
そうしたものも積極的に活用するとよいでしょう。
バックオフィスDXがより求められる時代を迎え、経理部門に限らず、財務や人事、法務といった間接部門も積極的にDXを推進して自らを変革し、いかに新しい役割を果たしていくか。
それが、今後の企業の成長、ひいては日本経済の成長にとって重要な鍵を握っています。
中田 清穂(なかた せいほ)
1985年青山監査法人入所。8年間監査部門に在籍後、PWCにて 連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年同社退社後、有限会社ナレッジネットワークにて、実務目線のコンサルティング活動をスタートし、会計基準の実務的な理解を進めるセミナーを中心に活動。 IFRS解説に定評があり、セミナー講演実績多数。