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「人的資本の情報開示」の総括 ~何が行われ、何が行われなかったのか~

「人的資本の情報開示」の総括 ~何が行われ、何が行われなかったのか~

 深瀬勝範(ふかせ かつのり)

 2023年1月末、有価証券報告書に女性管理職比率等の記載義務を定めた内閣府令が施行され、企業の「人的資本の情報開示」を後押しする行政の動きが一段落しました。2022年6月以降、男女の賃金差異の公表など、政府が打ち出す情報開示の促進策への対応に追われていた人事関係者は、ここにきて、やっと安心されたことでしょう。
 少し落ち着いたところで、この1年間の「人的資本の情報開示」動きを振り返り、行われたこと行われなかったことを整理してみましょう。

「人的資本の情報開示」で行われたこと

 この1年間、「人的資本の情報開示」に関して、次のことが行われました

  1. 有価証券報告書への人的資本情報の記載
     「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正により、上場企業は、有価証券報告書に次の事項を記載することになりました。
    • (人材の多様性の確保を含む)「人材育成の方針」「社内環境整備の方針」及び「それらに関する指標の内容」
    • 提出会社やその連結子会社の「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」及び「男女間賃金格差」
    これに基づき、2023年3月末以降に決算を迎えた会社は、上記の情報が記載された有価証券報告書を作成し、投資家等に情報開示を行いました。
  2. 従業員301人以上の企業における「男女の賃金差異」の公表
     2022年7月に行われた女性活躍推進法の省令改正に伴い、従業員数301人以上の企業は「男女の賃金差異」を自社のホームページ等で公表することになりました。これにより、非上場の中堅企業も、男女の賃金差異等の人的資本情報を開示するようになりました。
  3. 「人的資本」に関する啓蒙活動
     2022年8月に内閣官房は「人的資本可視化指針」を公表し、「人的資本の情報開示」の必要性を世間に向けてアピールしました。これにより、情報開示を積極的に行う事業主も出現し始めました。また、各企業の人的資本情報がインターネット上で閲覧できるようになったことから、労働者や就活中の学生は、その情報に関心を持つように(例えば、就職先を選ぶときに、人的資本情報を参考にするように)なってきました。

「人的資本の情報開示」で行われなかったこと

一方、(投資家や労働者等が期待に反して、)次のことは行われませんでした

  1. 有価証券報告書への「子会社の従業員の状況」「人件費の状況」等の記載
     グループ経営を行っている上場企業のほとんどが、有価証券報告書の「従業員の状況」において、親会社の情報のみを記載し、子会社の情報を記載していません。また、有価証券報告書に記載されている財務諸表を見ても、売上原価や販管費等の内訳が示されていないため、「人件費の状況」は分かりません。
    投資家等からすれば、「子会社の従業員の状況」や「人件費の状況」等は最もチェックしたい情報の一つと考えられますが、この1年間は、これらの情報について開示の義務化は行われませんでした。
  2. 中小企業等への動きの広がり
     法令で義務化されたことにより、上場企業や中堅企業においては「人的資本の情報開示」が進みましたが、有価証券報告書の作成義務がない非上場企業、及び従業員数300人以下で「男女の賃金差異」の公表が義務付けられていない中小企業においては、「人的資本の情報開示」への取組みは、あまり行われていません。また、情報開示を積極的に行う事業主に対する助成金制度も創設されず、国として中小企業の情報開示を支援する動きはありませんでした。

 

「人的資本の情報開示」の総括

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 以上の点を踏まえると、この1年間で、上場企業・中堅企業において「女性活躍推進」に関する情報開示は行われるようになったものの、中小企業における情報開示、あるいは「女性活躍推進」以外の情報開示は、ほとんど進まなかったと言えます。なお、有価証券報告書への記載が義務付けられた「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」、「男女間賃金格差」は、以前から女性活躍推進法や育児介護休業法で公表が義務付けられている項目であることから、厳しい見方をすれば、この1年間で新たに開示が義務付けられた人的資本情報はなかった(目新しいことは何一つ行われなかった)ということになります。
だからと言って、「国が人的資本の情報開示に本気で取り組んでいない」ということではありません。
もともと、「人的資本の情報開示」は、各企業が自主的に行うべきものと考えられます。ですから、本件に関して、政府は、最初から「ある程度の流れを作ったら、あとは各企業の判断に任せる」というスタンスをとっていました。この「ある程度の流れ」が、この1年間で作られたのです。
これから、「人的資本の情報開示」は、各企業が自主的に行っていく、新たなステージに入っていきます

そこで、次回のコラム(この特集の最終回)では、「これからの『人的資本の情報開示』 ~今後の課題と人事部門の役割」というテーマで、このことについて解説したいと思います。

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