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人的資本情報の集計・開示のポイント 第11回 生産性、人件費に関する情報の算出・開示

人的資本情報の集計・開示のポイント 第11回 生産性、人件費に関する情報の算出・開示

 深瀬勝範(ふかせ かつのり)

 生産性や人件費に関する情報は、財務的側面から人的資本の適正性をとらえることができるもので、投資家や労働者は、企業に対して、その開示を強く求めてきます。しかしながら、ほとんどの日本企業は、これらの情報を社外には開示していません。
 将来的には、生産性や人件費に関する情報を適切に開示しているか否かが、その企業の株価や採用に大きな影響を与えることになるものと考えられます。ですから、企業は、これらの情報を算出、開示できるように、また、投資家や労働者にこれらの情報に関することを説明できるようにしておくことが望ましいと言えます。
 今回のコラムは、生産性や人件費に関する情報の算出および開示の仕方について説明します。

生産性、人件費に関する指標の算出方法と捉え方

 生産性や人件費に関する経営指標として、「労働生産性」と「労働分配率」がよく使われます。多くの投資家や就活中の学生は、「投資先・就職先の生産性に関する情報を知りたい」と思っており、企業としては、投資呼び込みや採用力強化の実現に向けて、これらに関する情報を積極的に開示するべきです。
 労働生産性と労働分配率の算出方法と一般的な捉え方は、【図表1】のとおりです。
【図表1】生産性、人件費に関する経営指標の算出方法と一般的な捉え方Fukase_11_01
 これまで、日本企業は、これらの情報を社外には開示してきませんでした。しかし、人的資本の情報開示が進む中で、投資家や労働者に向けて、これらの情報を開示する企業が出現し始めています。

生産性、人件費に関する情報は、見る人の立場によって捉え方が変わる

 企業が情報開示に消極的だった理由の一つとして、「これらの情報は、投資家や労働者に、どのように受け取られるかが分からないため、企業は、開示することに対して不安を持っていること」を挙げることができます。
 例えば、企業が、投資家に対して「効率的に経営が行われていること」をアピールしたいと思い、「労働生産性が同業他社よりも高い」という情報を開示したとします。ところが、その情報をチェックした労働者は「業務量の割に労働者が少ないので、仕事がキツそうだ(就職を見送ろう)」と思うかもしれません。
 生産性や人件費に関する情報は、「高い(低い)ほど良い」と一概に言うことができず、それを見る人の立場によって捉え方が変わってしまいます。同じ情報であっても、見る人によって「良い状態」とも「悪い状態」とも捉えられてしまうのです。最悪の場合、これらの情報開示により、その企業は、投資家や労働者から誤解されてしまうこともありえます。
 ですから、企業は、生産性や人件費に関する情報を、あえて開示してこなかったとも言えます。

【図表2】生産性、人件費に関する情報の捉えられ方Fukase_11_02

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生産性、人件費に関する情報開示を効果的に行うためのポイント

 近年、投資家や労働者は、生産性や人件費に関する情報の開示を企業に要求するようになってきました。そうなると、これらの情報を開示しない企業は、投資家等から「情報を隠さなければならないほど、悪い状況に陥っているブラック企業」と言うレッテルを貼られてしまう危険性があります。ですから、今後、企業としても、生産性や人件費に関する情報を積極的に開示していくことが望ましいのです。
 投資家・労働者から誤解されることなく、これらの情報開示を効果的に行うためには、次のポイントに注意することが必要です。

(1)指標(数値)と併せて、企業側の捉え方、今後の方針などの説明を加える
  1. 前述したとおり、生産性や人件費に関する情報は、それを見る人の立場によって捉え方が変わってしまいます。ですから、情報を開示するときには、「それについて、企業側がどのように捉えているのか」ということの説明を加えるようにします。例えば、「労働生産性が高い」という情報開示をするのであれば、「従業員一人ひとりが能率よく働いている」という説明と「残業時間が少ないこと、休暇の取得率が高いこと」を示すデータも加えます。このような説明やデータを加えることにより、投資家や労働者に会社の状況を理解してもらえるようになり、それが投資呼び込みや採用力強化に結び付きます。
(2)データに基づいて、経営改善を進める
  1. 労働生産性や労働分配率を開示したら、それらに関するデータを収集、分析し、データに基づいて経営改善を進めることが必要です。例えば、「労働分配率が上昇している」のであれば、その要因(「人件費の増加」や「付加価値の減少」など)を分析して、適切な改善策を実施します。このように、生産性・人件費に関する情報開示と経営改善を並行して進めていけば、その企業は投資家や労働者から高く評価されます。
 なお、労働生産性や労働分配率の業界水準に関するデータは、経済産業省「企業活動基本調査」に掲載されています。そこに掲載されているデータを参考にすれば、自社の生産性や人件費の状況を的確に把握することができます。皆さんも、このようなデータ分析を行いながら、効果的な経営改善と情報開示に取り組んでみてください。
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