人的資本の情報開示についてのポイント 2024.04.25 (UPDATE:2024.10.24)
深瀬勝範(ふかせ かつのり)
2024年3月29日、厚生労働省は、企業が開示するべき職場情報や情報開示に当たっての対応を整理した「求職者等への職場情報提供に当たっての手引」を公表しました。今回のコラムは、この手引きのポイントと企業が取るべき対応について説明します。
「求職者等への職場情報提供に当たっての手引」とは、厚生労働省が採用活動を行う企業に向けて公表した手引書で、求人サイト等を通じて提供するべき職場情報や情報開示に当たっての注意点等がまとめられています。
手引は、次の4章および別表で構成されています。
この章立てを見たときに、企業の人事担当者としては「2.3に書かれている開示・提供が義務付けられている情報項目を確認しよう」と思うことでしょう。手引でリストアップされているのに、自社で開示していない情報項目があれば、人事担当者は、すぐにでも対応しなければならないからです。
ところが、この手引で開示・提供するべき情報項目としてリストアップされた情報項目は、「育児休業の取得状況」等、すでに法令で公表が義務付けられているもの、あるいは「女性の活躍状況」等、多くの企業が自社のウェブサイト等で公表しているものばかりです。(【図表1】参照)
また、「4.提供に当たっての課題や対応策」で書かれている内容は、例えば「ウェブサイトや求人票以外にも、企業説明会等の場を通じて情報を提供する」とか「数値情報を提供するときには定義や算出方法も明示する」等、多くの企業がこれまでも情報開示において行ってきたことばかりです。
つまり、この手引においては、「これまでの情報開示の項目や方法の見直しを迫るような内容は書かれていない」ように見えます。
実は、この「目新しさの無さ」こそが、この手引の最大のポイントと言えるのです。
内容的に目新しさが無い手引をわざわざ策定・公表した、厚生労働省の狙いは何でしょうか?
それを解くカギは、この手引が策定・公表された時期にあります。
この手引は、「国が成長企業への円滑な労働移動を目指す方針を打ち出した時期」に策定・公表されています。厚生労働省は、手引の策定・公表を通じて「これからは、企業に職場情報を開示させて、それを労働者にチェックさせることにより、成熟企業から成長企業へ労働者の転職を促していく」という労働施策の方向性を世間に示したかった、つまり、この手引の狙いは「成長産業への労働移動の促進」にあるのです。
日本は、深刻な労働力不足に陥っています。今後、労働力人口がさらに減少することが見込まれているため、国としては、限られた労働者を成長企業に優先的に振り分けていくようにしなければなりません。しかし、行政が「どの企業に、何人の労働者を割り振るのか」ということを決めることはできません。ですから、各企業に職場情報を提供させて、労働者に働く企業を選ばせるようにするのです。これにより、学生は成長企業に就職するようになり、また現に働いている者も成長企業に転職するようになり、成長企業への労働移動が実現します。
「求職者等への職場情報提供に当たっての手引」の策定・公表は、国として「企業の情報開示を通じて、成長産業への労働移動を促す」という号砲を鳴らした、ということなのです。
情報開示を通じた労働移動の促進を狙いとする手引きが策定・公表された以上、各企業は、その手引を踏まえた対応を取っていかなければなりません。具体的には、次のような対応が必要となります。
この手引が公表された以上、企業は、これまで以上に職場情報の開示に積極的に取り組むことが必要です。とくに「3.求職者等が開示・提供を求める情報等」については、今後、労働移動に大きな影響を及ぼすものと考えられますので、リストアップされた情報項目(【図表2】参照)をあらためてチェックし、現時点で開示していないものがあれば、その開示に向けた取組みを行うべきです。
労働力を確保するためには、他社よりも良い状態の職場情報を開示していくことが必要です。職場環境の改善に積極的に取り組むことによって、労働者が「この会社で働きたい」と思うような情報を開示できるようにしていくべきです。
「求職者等への職場情報提供に当たっての手引」は、厚生労働省のウエブサイト(下記URL)から閲覧できます。皆さんも、一度、この手引に目を通してみるとよいでしょう。
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000073981_00013.html
深瀬勝範(ふかせ かつのり)
Fフロンティア株式会社
代表取締役 人事コンサルタント 社会保険労務士
一橋大学卒業後、大手電機メーカーに入社、その後、金融機関系シンクタンク、上場企業人事部長等を経て独立。
現在、経営コンサルタントとして人事制度設計、事業計画の策定などのコンサルティングを行うとともに執筆・講演活動などで幅広く活躍中。
主な著書に『はじめて人事担当者になったとき知っておくべき、7の基本。8つの主な役割』
『Excelでできる 戦略人事のデータ分析入門』(いずれも労務行政)ほか多数。