新しい本社機能に生まれ変わるためステップアップロードマップ 2024.11.26 (UPDATE:2024.11.26)
柴山政行(しばやま まさゆき)
9月19日の日経朝刊16面(投資情報欄)において、日本経済新聞の取材に対し信越化学工業の斉藤社長が「エクイティスプレッドは相当気にしている」と話されていたそうです。これに関して、足元の4%台から拡大させる、との意向でもあるようでした。
エクイティスプレッドとは、ROE(自己資本利益率)から株主資本コストを引いた値です。
(説明の便宜上、自己資本と株主資本の違いは一般的に小さいため、言い換え可能として取り扱います)
「ROE-株主資本コスト」で求められ、株主資本に対してどれくらい企業価値を作り出す力があるかを判断する材料の一つとなります。
次の図をご覧ください。
投資時点の貸借対照表と投資から一年が経過した後の貸借対照表について、自己資本の動きを比較しています。
具体的には、投資時点の平均自己資本を100%として、そこから一年で平均自己資本×12%の純利益を稼ぐ、すなわちROE12%の企業の資本調達に係るコスト(株主資本コスト)を8.0%とすると、エクイティスプレッドは正味で4.0%になりますね。
ちなみに、一年後の自己資本がX%になっています。ここで、一年後の自己資本を「100%+4%」とせずにXと変数で表現したのには理由があります。
純利益12%は財務会計数値なので、そのまま加算しても純資産の数値につながるので計算上問題はないのですが、資本コストはそもそも財務会計の概念ではないため、必ずしも財務会計数値である貸借対照表にそのままマイナス8%が反映されるわけではない、という事情があるのですね。
(資本コストの概念については、本稿の次のテーマで補足いたします)
話を冒頭の信越化学に関する時事ニュースに戻しますと、エクイティスプレッドが現時点でも4.7%あるわけですが、これをさらに拡大する意識の高さがうかがえます。
上記の日経同紙面では、ROEが12.8%で株主資本コストが8.1%程度と報じられているので、スプレッドは12.8%-8.1%=4.7%と計算されることになります。
特定の企業の株主資本コストを求めるには、多分に推測値を積み重ねなければならず、複雑でわかりにくいところがあるため、ここでは財務会計数値から比較的容易に求められるROE(自己資本利益率)を実際の決算数字から求めてみましょう。
2024年4月25日に発表された、信越化学工業株式会社の決算短信より、ROEの計算に必要な数字を抜き出して見ましょう。
上記の(1)連結経営成績における2段目の中央に「自己資本当期純利益率」とありますが、その中の2024年3月期の数字12.8%がROEにあたります。この数字を検証してみましょう。
同じく(1)連結経営成績における1段目の右端「親会社株主に属する当期純利益」2024年3月期の520,140百万円に注目してください。この数字がROE計算の分子になります。
次に、同じ信越化学工業株式会社の決算短信の(2)「連結財政状態」を見てみます。
上記の欄外「(参考) 自己資本2024年3月期 4,257,922百万円 2023年3月期 3,870,394百万円」の平均がROE計算の分母になります。
以上のデータを用いてROEを計算すると、
・平均自己資本:(4,257,922+3,870,394)百万円÷2=8,128,316百万円÷2=4,064,158百万円となります。
よって、
ここで、エクイティスプレッドを構成する2つの要素(ROE、株主資本コスト)のうちのひとつ、株主資本コストおよび深い関連を持つ資本コスト(WACC)について一緒に理解を深めていきたいと思います。
まずは株主資本コストの考え方です。
株主資本コストは、株主から調達した資本に対して発生する費用です。イメージとしては、株主の視点において、企業からの配当金、あるいは株価自体の値上がり(売却益)への期待を併せたものといえます。
そもそもの動機として、株主は配当金を期待して投資をするのが一般的ですね。
例えば5%の配当を見込んで10万円の投資をしている株主に対しては、5,000円の資本コストが必要になります。また、企業は株主が期待する収益以上の配当を出せるような経営を求められます。
とはいえ、株価はその時々の企業価値や業績、情勢などの影響を受けて変動しますね。この点、株価自体の値上がりは不確定な要因に左右される部分も多いと言えます。
ちなみに、株主資本コストを求める方法として、有名なCAPM理論など様々ありますが、ここでは計算技術的な話にあまり深入りせず、ザックリとしたイメージが持てればそれで十分と思います。
つぎに、後で詳述する企業価値の算定にも大きな影響を及ぼす重要概念としての資本コスト(WACC)についてお話ししてみたいと思います。
会社が決算日時点で保有する資産・負債・純資産の一覧表である貸借対照表を見ると、借方(左側)と貸方(右側)の左右対称に表示されています。借方合計(資産合計)と貸方合計(負債・純資産合計)は必ず一致する(バランスする)ため、貸借対照表はバランスシートとも呼ばれますね。
資本コストを考える時には、貸借対照表の貸方側に注目します。
ここで、貸借対照表の貸方を大きく二つに分けて考えると、資本コストのイメージがしやすくなります。
(1)負債
負債による調達は、より正確には借入金と社債などの有利子負債と呼ばれる負債に着目して考えます。
借入金や社債などの有利子負債には、利息の支払いが伴いますね。つまり、有利子負債を調達するコストは「利息の支払額」になります。
しかし、ここで一点注意が必要になります。
ご存じの方も多いと思いますが、支払利息は法人税上、損金といって税金計算上は利益(所得)から控除されます。
「なあんだ、柴山さん、当たり前のこと言わないでよ~」
確かにビジネスでは常識的で当たり前の話なのですが、支払利息を費用として計上すると、その分だけ税金の支払いが減ることに気づく必要があります。
税務上「損金」となる費用は、当たり前ですが税金を計算する基準となる利益を減らします。
簡単な計算例で考えてみましょう。
たとえば、A社という会社があって、一年で1,000円の売上があり、他に一切費用がないとします。税率が30%だとすると、支払う税金は1,000円×0.3=300円ですね。
その結果、税引き後のキャッシュフローは、「1,000-300=700円」となります。
ここで、同じ売上1,000円のB社がいるのですが、この会社は借入金の利息を100円支払っていたとしましょう。同じく税率は30%です。
さてここで質問です。
A社は売上1,000円で費用がないので利益1,000円です。一方、B社は売上1,000円-支払利息100円で利益が900円です。つまり、ここまでの段階でB社はA社より100円ほどキャッシュが少ないですね。
では、A社の税引き後の利益=キャッシュフローが700円ですから、B社はそこから100円少ない600円のキャッシュフローになっているでしょうか?
考えてみてください。
はい、解答例です。
B社の税引前の利益は1,000円-100円=900円です。
これに0.3をかけるとどうなりますか。900円×0.3=270円ですね。
以上より、B社の税引き後の利益=キャッシュフローは900円-270円=630円です。
A社の700円に対し、100円ではなく、70円しか差がないですね。30円ほど差が縮まっています。
その理由は…もうおわかりですね!
そう、支払利息100円×0.3=30円ほど税額が少なくなったのです。
これが、費用の減税効果と考えられます。
結論として、損金になる費用を支払った場合、税率の分だけ減少分が少なくなることがわかります。
資本コストはキャッシュフローの影響で考えますので、税務上の損金になる費用は、支払額×税率の分だけ税金が得するため、実際の計算としては、「費用の支払額×(1-税率)」でそのコストを求めるのですね。
長々と説明してしまいましたが、結論を言うと、借入金や社債などの負債に係る支払利息は、税金の減額効果がある分を差し引くため、「支払利息×(1-税率)」で計算するのですね。
たとえば、100億円の借入れがあり、これに年利3%の金利がかかっていたとして、さらに法人税等の税率が30%だと仮定すると、会計上の支払利息は100億円×0.03=3億円ですが、資本コストとしては税金の影響を取り除いて、3億円×(1-0.3)=3億円×0.7=2.1億円と計算されることを知っておくとよいでしょう。
したがって、下記のように、負債が600億円あったとして、利率3%、税率30%とした場合、負債の資本コストは「(18億円×(1-0.3))÷600億円=12.6億円÷600億円=2.1%」と求めることができます。
あるいは、もっと簡単に、利率3%×(1-0.3)=2.1%と求めてもいいですね。
(2)株主資本
次に、株主資本コストですが、これについて、ある編集者の方から頂いたご質問がとても印象に残っています。
具体的には、「柴山さん、株主資本コストの目標が8%とかいろいろ言われていますが、この株主コストの意味がいまひとつピンとこないんですよね~。なにかわかりやすい説明の仕方とかありませんか」と尋ねられたことがあります。
たしかに、借入金の利息のように、目に見える形で資金提供者の方に何かをお支払いするわけではないので、イメージしにくい面はあります。
ひとつには、これは前にも述べた通り、考え方としては①会社からの配当、②株価の値上がりによる含み益、この2つが株主として嬉しいリターンになると考えられます。
また、違う視点で見ると、実は株式投資をしようと考えている方は投資マインドが旺盛な方が多く、隙あらば「より良い投資リターン(投資収益率)の案件を見つけて、資金をそっちに移してやろう」と虎視眈々と狙っています。
したがって、たとえばA社の配当や値上がりによるリターンが、投資額に対して5%だったとした場合、他に5%以上の投資案件がなければそのままA社の株に投資を継続するでしょうし、あるいは他に不動産か貴金属か商品取引か暗号資産か分かりませんが、6%以上のより高い収益率の投資先を見つけたら、A社株式を売却処分して、そちらの案件に鞍替えするかもしれません。
そうなると、他の6%の競合する投資案件があるならば、投資家が要求するA社株投資継続の条件は6%以上の投資に対するリターン率ですね。このような要求利回りを株主資本コストの一つの目安として考えることもできなくはないわけです。
とすると、株式資本コストは、「株主から要求される最低目標リターン」の基準値とみることもできますね。
ちなみに、株主への配当や株価の値上がりなどは税法上の損金には当たらないので、(1-税率)のような計算調整を考えなくても大丈夫です。
ここで、企業経営は一般に「株主からの投資」だけを調達源とはしておらず、有利子負債に代表されるような負債からの調達もしていることを思い出しましょう。つまり、企業活動を行う上で、負債と資本のバランスよい調達の組合せをもとに事業が行われている、という現実に合わせるならば、株主資本のコストだけでなく、負債のコストも加味した総合的な資金調達コストを算定し、それを基準に会社の財務水準を判定する方がより柔軟です。
そこで、株主資本の資本コストと負債(特に有利子負債)の資本コストを加重平均した値としてのWACCが登場してくるわけです。
WACCはWeighted Average Cost of Capitalの略で、加重平均資本コストとも呼ばれます。
WACC=株主資本コスト×株主資本/(株主資本+負債)+負債コスト×負債/(株主資本+負債)
=株主資本コスト×株主資本の割合+負債コスト×負債の割合
以上が計算式となります。簡単な計算例で見ていきましょう。
(計算例)A社の株主資本は400億円だった。また、負債は600億円だった。総資本は1,000億円。
資本コストは、株主資本コスト9%、負債の平均利子率4%(税率30%)だった。
以上のデータをもとに、WACC(加重平均資本コスト)を求めよ。
WACC=株主資本コスト×株主資本の割合+負債コスト×負債の割合
=9%×(400÷1,000)億円+4%×(600÷1,000)億円
=3.6%+2.4%=6.0% …A社のWACC
以上が答えとなります。
計算結果として、A社の資本コスト(加重平均)は6.0%で、これが資金提供者から平均的に求められている要求リターンとなります。これを上回るROEなどの収益性を維持できれば、企業としての存在意義が高まると言えるでしょう。
資本コストを上回る収益性を上げることが、企業における重要な課題であることがわかりました。
ここでは、すこし視点を変えて、会社の企業価値の計算にも資本コストが大きくかかわっていることについて、理解を深めていきましょう。
あなたはある投資プロジェクトを検討しているとします。
仮にY事業企画としましょう。期間は5年で、5年後に事業を精算し、投資家にそれまでの収益を全て還元することにします。
手持ちの経営リソースを活用するので初期投資はありません。
新規事業からは毎年200万円のキャッシュフローが入ると仮定します。
5年後の精算時には、資産の処分価値はゼロで、税金の影響は無視します。
以上をもとにキャッシュフローを考えると、200万円×5年=1,000万円が資金として入ります。
しかし、もちろんこの事業を行うために会社の資源を使うわけですから、当然、会社がもともと銀行や株主からお金を集めている関係上、この事業から銀行や株主にリターンを提供し、利益の還元をしなければなりません。
その際に、先ほど計算したWACC(加重平均資本コスト)6%が存在意義を発揮します。
毎年200万円の資金流入額から、平均して6%のリターンを銀行や株主にお返しすることを考えると、上記の表のように、「収入÷(1+資本コスト(%))」だけ割り引いて事業を評価しなければならないのですね。
その結果、このY事業企画は約842万円というキャッシュを割引後に会社にもたらします。
これが、当該事業から得られる将来のキャッシュの塊であり、理論的な企業価値となるのですね。
※企業価値とは、将来のキャッシュフローを資本コストで割り引いた金額と考えることができる。
上記は5年限定でしたが、一般に、企業はゴーイングコンサーンといって、半永久的に継続することが前提となっています。
そこで、とても単純化された想定ですが、たとえば将来にわたってR円のリターンが定額で入ると仮定した場合には、理論的な企業価値は「R円÷資本コスト(%)」で求められます。
たとえば、毎年10億円のキャッシュリターンがあるX社という会社があるとして、このX社の資本コストが8%だとしたら、10億円÷0.08=125億円の企業価値とざっくり推定することもできるのですね。
このように、資本コストは、将来のキャッシュフロー情報と組み合わせることで、理論的な企業価値を求めることができるとても大事な数値である、ということがイメージできたら幸いです。
以上、信越化学工業のエクイティスプレッド拡大方針に関する時事ニュースから始まって、資本コストと企業価値を考察するところまで、おおまかに話をすすめて参りました。少しでも事業分析の参考になれば幸いです。
柴山政行(しばやま まさゆき)
公認会計士・税理士
柴山会計ラーニング株式会社代表 公認会計士税理士事務所所長
公認会計士・税理士としての業務のほか、経営者や税理士向けにコンサルティング指導、メルマガ・インターネットを中心とした簿記・会計教材の製作、会計関連の講演やセミナーなど、多岐にわたって精力的に行っている。 また、小中学生から始められる簿記・会計教育「キッズ★BOKI」のメソッドを開発し、その普及に力を注いでいる。
<柴山会計ラーニング株式会社>
https://bokikaikei.info/
<柴山政行のYou Tube会計大学>
https://www.youtube.com/@shibayama999