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これからの「人的資本の情報開示」~今後の課題と人事部門の役割~

これからの「人的資本の情報開示」~今後の課題と人事部門の役割~

 深瀬勝範(ふかせ かつのり)

 2023年3月から10回にわたり「人的資本の情報開示についてのポイント」を解説してきた本コラムも、今回が最終回となります。今回は、「人的資本の情報開示」の今後の課題、そして、その課題に取り組むうえで人事部門に求められる役割について解説したいと思います。

「人的資本の情報開示」の今後の課題

 これまで、日本における「人的資本の情報開示」は、投資家や労働者の要望に基づき、政府主導のもとで行われてきました。この動きは、上場企業が作成・公表する「有価証券報告書」に人的資本情報の記載を義務付けたことをもって、一段落ついたものと考えられます。
 これから、それぞれの企業が、独自の判断で人的資本の情報開示を行っていくという新たなステージに入ります。
企業の経営者や人事関係者からすれば、これまでのように、政府が策定する法令や指針の対応に振り回されているほうが、ある意味では「楽」でした。対応してさえいれば、どの企業も同じような情報開示を行うため、その巧拙が企業価値の差となって表れることがなかったからです。
 今後は、各企業の人的資本に対する考え方や施策などが開示情報に反映され、それが投資家や労働者からの評価に影響を与えて、企業価値の差となって表れてくることになります。
 「人的資本の情報開示」の今後の課題とは、「それぞれの企業が、投資家や労働者からの支持を得られるように、人的資本情報を効果的に開示していくこと、そして、より良い情報が開示できるように、人的資本の状況を改善していくこと」にあると言えます。

「人的資本の情報開示」によって、企業淘汰が発生する 

 近年の日本と同じような人的資本の情報開示に関する動きは、2000年代初頭のフランスやアメリカ等で見られました。そこで起こったことを見てみましょう。
 各企業の自主的な判断に委ねられるようになると、情報開示に「積極的な企業」と「消極的な企業」の違いが表れてきます。情報開示に積極的な企業は、投資家や労働者の支持を得て、新たな投資の呼び込みや優秀人材の確保に成功しました。一方、消極的な企業は、「社内の状況が見えない」ことから投資家・労働者が離れていき、企業価値を大きく低下させてしまいました。なお、株式を上場していない中小企業にも、これと同じようなことが起こっています。情報開示に消極的な中小企業では、顧客離れや大手企業からの取引停止が発生し、業績を大幅に悪化させてしまったのです。
 このような実例を見る限り、「人的資本の情報開示」とは、投資家や労働者等の評価を利用した「企業淘汰の仕組み」であると言えます。
 人的資本の状況を改善し、情報開示を積極的に行う企業は、投資家・労働者等の支持を得て、ますます強くなっていきます。一方で、情報開示に消極的な企業に対しては、投資家・労働者等が退場を促します。このような動きを通じて、優良企業に投資や優秀人材を集中させて、また、不良企業を淘汰して、社会全体の生産性の向上を実現していく…。「人的資本の情報開示」とは、このような仕組みなのです。
 日本においても、情報開示を通じた企業淘汰が、今まさに始まろうとしています。

人事部門の新しい役割~戦略広報官と変革リーダー

 このような厳しい時代が始まる中、人事部門は、今後、どのような役割を果たすべきでしょうか。
 これまでの人事部門は、給与計算を行う「事務処理部門」、または、良好な労使関係を維持したり、従業員を公平に処遇したりする等の「社内調整役」としての役割を担ってきました。今後もそれは続くものの、重要度は下がってくることになるでしょう。事務処理部門としての役割は、ITやAIを活用したシステムに置き換えられ、社内調整役としての役割は、労働組合の組織力低下や転職の広がり等によって発揮する機会が減っていくからです。もはや会社や従業員は、人事部門に対して、これまで担ってきた役割を求めてはいないのです。
 これからの人事部門は、次のような役割を発揮することが期待されています。

  • 情報開示を通じて、投資家、顧客、労働者等との適切な関係を構築する「戦略広報官」としての役割
  • 人的資本情報の分析とモニタリングを通じて経営改善を図る「変革リーダー」としての役割

「人的資本の情報開示」により、強い企業に資金・人材が集中して、弱い企業は淘汰されていきます。厳しい時代に勝ち残る企業になるためには、人事部門が、「戦略広報官」と「変革リーダー」という新しい役割を担っていかなければなりません。
これらの役割を果たすために、人事関係者は、「ITやAIを活用した情報分析」や「データに基づく合理的な説明」を実践するためのスキル、および「企業の変革を推進していくためのリーダーシップ」を開発していくことが必要です。このコラムを読まれた皆様が、スキルとリーダーシップの開発に努められ、新たな役割を存分に発揮する人事部門を構築していっていただきたいと思います。

 以上をもって、「人的資本の情報開示についてのポイント」を解説した本コラムは終了となります。
 これまでお読みいただき、ありがとうございました。
 そして、皆様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。


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