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気候変動に関する有価証券報告書での開示事例②

気候変動に関する有価証券報告書での開示事例②

 中田 清穂(なかた せいほ)

前回のコラムで、J.フロントリテイリングの有価証券報告書の開示例を取り上げて説明しました。そして、その開示の持つ意味を今回取り上げることをお約束しました。

ここで前回の最後にご紹介した開示内容を再度掲載します。

 


SDGs7
参考企業URL:https://www.j-front-retailing.com/
出典URL:https://www.j-front-retailing.com/ir/library/financialresults.html

この開示から読み取れることは、二つのパラメータが最悪シナリオの場合、炭素税導入で770百万円コストが増加し、さらに電気料金は784百万円増加するので、合わせると1,554百万円もコストが増加するということです。

J.フロントリテイリングの2022年2月期の税引前利益は、6,190百万円でした。
2030年時点での炭素税導入の影響と再エネ由来の電気調達によるコスト増が1,554百万円だとすると、利益の約4分の1が吹っ飛ぶことになります。

これは何の話だと思いますか?

気候変動に対応することで、利益への影響があり、それはいくらであるかを「定量的」に示していますね。
言い換えれば、「非財務」の情報を「財務」の情報に関連付けているということです。
しかもその関連を「定量的」に表現しています。

実は、このように「非財務」の情報を「財務」の情報に関連付けて、
しかも「定量的」に表現する「会計処理」があります。

「それが何か!!」わかりますか?

例えば、「非財務情報」として以下のような情報がありますね。
 (1) 昇給率
 (2) 退職率
 (3) 死亡率 などなど

このような「非財務情報」を関連付けて「定量的」に表現する「会計基準」と言えば・・・?。

そうです!!

「退職給付会計」ですね!

「退職給付会計」は、昇給率、退職率、死亡率などの「非財務情報」を、予測するための前提・仮定(重要なパラメータ)として利用して、決算期末現在における「退職給付負債」、すなわち「財務情報」を計算して財務諸表において表現しているのです。

その会計的な本質は「引当金会計」です。

引当金を計上する4要件で重要なのは以下の2つです。
 ① 発生の可能性が高く、かつ、
 ② その金額を合理的に見積ることができる

退職給付負債の場合には、
 ① 従業員は必ず退職する(発生可能性が高い)
 ② 年金数理計算で計算できる(合理的に金額が見積もれる)
ということで、負債を認識できるのです。

では、気候変動に対応することで予想されるコストについてはどうでしょうか。

① 発生の可能性
温暖化を防止するために、2℃シナリオや4℃シナリオなどがありますが、J.フロントリテイリングがどちらのシナリオにそって対応するのか、また、炭素税が導入される可能性が高いのか、さらには、再エネ由来の電気料金が上がる可能性は高いのか、といったことを検討しなければなりません。
今のところ、その可能性の高さが「高い」とまでは言えないのかもしれません。

② 見積金額の合理的算定
発生の可能性が高くても、炭素税がどのくらい高くなり、その影響によるコストがどのくらいになるかを見積もっても、それが「合理的な見積り」と言えるかどうか。
さらに、再エネ由来の電気を調達するとしても、電気料金がどのくらい上がるのか、その影響によるコストがどのくらいになるかを見積もっても、それが「合理的な見積り」と言えるかどうか。
これらが「合理的」と言えなければ、引当金を計上することはできないでしょう。

ただ、①の「発生可能性」②の「合理的見積り」の要件が満たされた時には、
例えば「気候変動対応引当金」といった負債を計上する日がやってくるように思います。

さらに、①や②の要件を満たさなくても、「注記」として計上することを求められるかもしれません。

私がこのコラムの連載で言いたかったことは、「気候変動への対応」と言った、一見会計とは無関係に思われる問題であっても、実は「会計処理の問題」に十分なりうるんだということを、経理関係者にはしっかり認識してもらいたいということです。

最近は、気候変動の開示に加えて、「人的資本」の開示も求められるようになってきています。

日常の経理業務や決算業務で、大変忙しく、余裕がないとは思います。
しかし、企業を取りまくいろいろな環境が、様々に変化している中で、
「考える時間」をきちんと確保して、「会計処理の問題」として考える習慣を身に着けていただきたいと思います。

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