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よくわかる、使える会計知識~持ち合い株(政策保有株)売却が過去最多の3.6兆円で資本効率改善か?~

よくわかる、使える会計知識~持ち合い株(政策保有株)売却が過去最多の3.6兆円で資本効率改善か?~

 柴山政行(しばやま まさゆき)

2024年3月期(2000社超)の上場企業が合計3.6兆円の持ち合い株処分

 2024年3月期の金融を除く上場企業2,000社超の有価証券報告書を対象に日経新聞社が集計したところによると、前期比で9割近い売却額の増加を記録し、その額が3.6兆円にも及んだそうです。
これは、開示が始まった2019年3月期以降で最大だった2022年3月期の2兆2,239億円を一億円以上上回る大きさとなります。(日経朝刊2024/8/29一面)

 具体的な事例として、売却額についてトヨタ自動車3,259億円が最大となり、続いて豊田自動織機2,401億円、日立製作所2,228億円(日経電子版)のように報じられています。

 このような政策保有株に関する数字は、上場企業が開示する決算書のどこを見ればチェックできるのか、ここではトヨタ自動車と日立製作所の開示例をお手本に、実際の開示例を見てみましょう。

 まずはトヨタの有価証券を参考にしてみます。
 同社のホームページにおける「投資家情報、IRライブラリ」をチェックしてみてください。
 今回のデータは、2024年3月期の有価証券報告書が対象となります。

 有価証券報告書の目次を見ると、「第一部 企業情報」の全7項目のうち、「第4 提出会社の状況」というところを参照します。
ここではさらに、4つの小テーマがありまして、順に「1.株式等の状況」「2.自己株式の取得等の状況」「3.配当政策」「4.コーポレート・ガバナンスの状況等」となっています。

 今回のお目当てである政策保有株の状況は4番目のコーポレート・ガバナンスの状況等に関する情報として記載されています。

 政策保有株の所有と管理に関する活動は企業のガバナンスに関する領域と捉えられているのですね。
(開示例)トヨタ自動車株式会社「2024年3月期 有価証券報告書」の主要な開示項目(一部省略)
 第一部 企業情報
  第1 企業の概況
  1.    (主要な経営指標の推移、沿革、事業の内容、関係会社の状況、従業員の状況)
  第2 事業の状況
  1.    (経営方針、経営環境及び対処すべき課題等、サステナビリティに関する考え方及び取組、ほか…)
  第3 設備の状況
  1.    (設備投資等の概要、主要な設備の状況、設備の新設、除却等の計画)
  第4 提出会社の状況
  1.    (株式等の状況、自己株式の取得等の状況、配当政策、コーポレート・ガバナンスの状況)
 第二部 提出会社の保証会社等の情報
 監査報告書
 確認書
 上記のうち、第4 提出会社の状況におけるコーポレート・ガバナンスの状況の中に、今回取り上げた政策保有株に関する情報が含まれています。ご関心がおありの方は、ぜひトヨタ自動車のIR情報をご覧いただき、該当する情報を探してみてください。

※「4【コーポレート・ガバナンスの状況等】」に含まれる項目
  1. (1)コーポレート・ガバナンスの概要
  2. (2)役員の状況
  3. (3)監査の状況
  4. (4)役員の報酬等
  5. (5)株式の保有状況 ←※今回の政策保有株に関する情報源


 では、実際の開示内容がどうなっているか、有価証券報告書の記載内容を引用させていただきながら、一緒に見ていきます。

以下トヨタ自動車の有価証券報告書より抜粋

(5)【株式の保有状況】
① 投資株式の区分の基準及び考え方
当社は、純投資目的以外の目的である投資株式(政策保有株式)のみ保有しています。専ら株式の価値の変動または株式に係る配当によって利益を受けることを目的とする純投資目的である投資株式は、保有していません。

② 保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式(政策保有株式)
a.保有方針及び保有の合理性を検証する方法並びに個別銘柄の保有の適否に関する取締役会等における検証の内容
        :(省略)

b.銘柄数および貸借対照表計上額
column_2024-10_shibayama_01_2

 

 以上より、新聞報道に出ている政策保有株の売却3,259億円の数字と整合します。


 また、もう一つの事例として、日立製作所の当期における売却額2,401億円についても、やはり有価証券報告書の記述から該当すると思われる数字を確認することができます。

以下日立製作所の有価証券報告書(2024年3月期)より抜粋

(5)【株式の保有状況】
①投資株式の区分の基準及び考え方
 当社は、投資株式の内、専ら株式の価値の変動又は配当によって利益を受けることを目的として保有する株式を純投資目的である投資株式、それ以外の株式を保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式に区分しています。
②保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式
(イ)保有方針及び保有の合理性の検証
当社は、取引や事業上必要である場合を除き、他社の株式を取得・保有しないことを基本方針としています。
既に保有している株式については、保有意義や合理性が認められない限り、売却を進めていきます。
当社では、毎年、取締役会において、保有する全銘柄を対象として保有の適否を検証することとしています。
当該検証においては、保有目的、保有に伴う便益が目標とする資本効率性に係る水準に見合っているか等を銘柄毎に精査しています。検証の結果、保有意義や合理性が認められないと判断した株式については、売却を進めています。当事業年度における投資株式の売却の状況については、下記(ロ)に記載のとおりです。

column_2024-10_shibayama_02

 

 以上より、純投資目的以外の目的である投資株式というかたちで、非上場株式以外の株式の売却額が222,876百万円となっていますので、こちらも冒頭でご紹介した日経新聞の報道と整合するところとなっています。

 いわゆる持ち合い株とも言われる純投資目的以外の政策保有等の目的による株式の残高や取り扱いは、コーポレート・ガバナンスに関する情報として開示されていることがイメージできたと思います。

 それでは、実際の有価証券報告書のどこを見れば政策保有目的の株式の状況がわかるかについて理解できたところで、次に、そもそもなぜこのような政策的な持ち合い株が生じたかといった背景と、これに対する海外からの評価などについてみてみましょう。

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持ち合い株が日本で増えた背景と海外投資家などからの問題指摘

 そもそもの株式持ち合いの意味ですが、これは事業会社あるいは銀行などの金融機関により、相互の取引関係を強化する、それにともなう経営の安定化を図る、などを目的にして、互いの株式を所有することを指します。

 それではいつごろから株式持ち合いが問題になり始めたかというと、一般に戦後から1980年代にかけて取引先や金融機関などとの間で進められてきた、と言われています。
その背景として、戦後の財閥解体による放出株の受け皿確保や、外国の資本による企業買収に対する防衛の必要性などがあげられるでしょう。

 企業側において株式持ち合いをするメリットは、お互いに株式を保有し合うことで相手の経営に口出ししないという了解のもと、経営陣に対する株主からのプレッシャーが軽減されることがあげられます。
私が公認会計士の駆け出しだった1990年代あたりまでは、「シャンシャン総会」などという言葉があったように、株主総会であまり株主からまじめな意見を言ってほしくない(30分以内に早くシャンシャンと手打ちしてサクッと終らせたい)という現在のように企業統治の意識が発展した観点から見ると耳を疑うような世相があったのですね。そういえば、総会屋などという言葉もあり、いかに株主に「モノ言わぬ」ようにするか、という風潮も一部にはありました。

 これは思い出話ですが、私が20代の時、ある上場企業の株主総会に行ったとき、舞台(?)裏の控室にパイプ椅子に座って待機していたことがありました。
この会社には監査法人からは私一人が行ったのですが、そのとき、私の隣に見知らぬスーツ姿の男性がどっかりと座っていたのです。横から見ると胸板が厚く、がっしりした体格の短髪で30代と思しき男性でした。
 軽くあいさつした後、「あの、どちらの部署の方ですか?」と尋ねたところ、「いえ、自分は○○署から派遣されてきた警察官です」との答えが返ってきてびっくりしたのを覚えています。
ドアの向こうでは、時折「異議なーし!!!!!!!!!!!!!」「議事進行う~~~~!!」といった怒声にも似た野太い声の合唱(に聞こえました)が聞こえてきます。
正直、ちょっと怖く感じたことを覚えています。

 コーポレート・ガバナンスなどという言葉がまだまったく世間に浸透していなかった30年以上前の話ですね。

 余談はさておき、持ち合い株ないし政策保有目的株式は、取引関係や経営野安定化を願う企業が慣行的に採用していたやり方ですが、いっぽうで海外投資家などによりかなり以前からその問題が指摘されていました。

 具体的には、①海外企業と比較して資本効率や収益性が低いこと、②経営陣の規律が低下しやすいこと、③経営グループによる閉鎖性や不透明性さらにはグループ企業間の特殊な条件などによる競争社会における公正な取引の阻害が生じうること、などがあげられます。

 こうした問題を背景に、少しずつ株式持ち合いの解消が進むようになりました。
たとえば、2001年には銀行の株式保有を直接的に制限する「銀行等の株式等の保有の制限に関する法律」が公布されました。また、東京証券取引所(東証)は2022年4月から「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3つの新しい市場区分へと再編した際に、最上位市場のプライムに上場する条件として、発行株に占める流通株式の割合を「35%以上」と規定しました。

 このように、時代を経て少しずつ持ち合いの解消に向けた動きが進んできたのです。

資本効率の面から考える持ち合い株の問題点と課題

 持ち合い株が問題になるのは、主に次のようなデメリットが無視できない面があるからです。

(問題点1)株主によるチェックが甘くなり、最高意思決定機関としての地位が形骸化する可能性がある
 本来の制度趣旨で行けば、株式会社における最高意思決定者は株主であり、株主が取締役に経営を委任しています。いわゆる「所有と経営の分離」という相互のチェック機能が前提にあるわけですね。
よって、株主には取締役が適正に経営を執行しているかどうかを監視する機能があり、株主による経営ガバナンスに対するモニタリング機能などということがありますが、持ち合い株では取引安定化が優先されるため、この機能が働かなくなる恐れが生じてきます。

(問題点2)少数持分の株主の意見が反映されにくくなる
 持ち合い株主の持分比率が高くなることにより、持分が少ない株主の意向を株主総会などで反映させることが難しくなる、という弊害が生じてきます。
新しい収益機会を目指してチャレンジをしてほしいと思う株主が一定数いて、積極的な経営戦略を採用してほしいと思っても、持ち合い株の株主は取引の安定を求めていることが多いため、慎重派の経営陣に同調するようなことになると、リスク回避の姿勢が優位になり、収益機会をそれだけ逃してしまう可能性がたかまりますね。
そう考えると、少数意見も含めて会社の経営に役立つ意見なのかどうかを客観的に判断できるような環境づくりも重要になってくるでしょう。

(問題点3)資本効率の低下が心配される
 株式の持ち合いが進むと、本来は将来の成長に向けて新規の成長分野に投資されるべき資金を、持ち合い株式に投下することになります。
これは言い換えると、効率的に資本を利用できていない状況になってしまっていることにつながります。
すなわち、株式の持ち合いは資本効率の低下を発生させる可能性が高いのです。

 簡単な計算例で見てみましょう。

 総資産100億円で、その10%の10億円は持ち合い株を所有している会社があったとします。
 この会社の負債を70億円、純資産(自己資本も同じ)を30億円としましょう。

 当期の当期純利益は1億円です。

 ここで、資本効率を表わす代表的な指標すなわちROE(自己資本当期純利益率)を求めると、その数値は1億円÷30億円≒3.33%と仮に計算することができます。
(注:より実践的には、期首の自己資本と期末の自己資本の平均を分母として使いますが、ここでは説明の便宜上、期末の自己資本を用いて計算を簡略化しています。)

貸借対照表
その他の資産 90億円 負 債 70億円
持ち合い株式 10億円 純資産 30億円
合 計 100億円 合 計 100億円
※損益計算書の当期純利益:1億円

 ここで、ある事業部で掴んだ選考情報として、当社の強みにマッチした成長産業であるX事業にいちはやく10億円を投資することで、高い確率で税引き後利益15%を見込めるチャレンジングな案件が報告されたとしましょう。

 仮に上の持ち合い株式の時価は帳簿価額の10億円以上あったとすると、これらを処分して10億円を調達し、その金額を成長産業に先行と資することができたらどうでしょう。
物事に絶対はないですが、少なくとも、持ち合い株を塩漬けにして指をくわえてチャンスが通り過ぎるのを見送るよりも、10億円×15%=1.5億円の純利益がつみあがるため、将来の当期純利益は2.5億円になる可能性を秘めています。

 もしもベストのシナリオになれば、X事業からの利益も加えた2.5億円の利益を前期から純利益を加えた純資産額32.5億円で割ることで7.69%のROEを計上する可能性が見えてくるのですね。
(注:ここでも、計算を簡単にするために、分母の純資産は期首との平均値ではなく期末の予想値32.5億円を用いていますので、御了承ください)

 X事業に投資した場合のベストシナリオ(ROE):2.5億円÷32.5億円≒7.69%

 もしも、持ち合い株式をそのまま持ち続けてX事業への投資を控え、純利益が同じ1億円で増えない場合には、ROE:1億円÷31億円(30億円+純利益1億円)≒3.22%となります。

 上記の例で行くと、ROEが7.69%と3.22%で2倍以上の資本効率の違いになる事がご理解いただけると思います。

 このような形で資本効率が低い状況が続く企業に対して、長い目で見て投資家は投資を控えるようになるかもしれません。そうなると、株価が低迷・暴落して企業価値も大きく低下するリスクがあるのですね。

 今回は、政策保有目的の株式など持ち合い株式の解消が進んでいる、という時事ニュースを題材として、その背景と意味について考えてみました。
コーポレート・ガバナンスの観点や資本効率の観点など、多くの視点から企業経営について考えさせられるケーススタディーとして、ご参考になれば幸いです。

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