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よくわかる、使える会計知識~株高・金利上昇で、企業年金の積立状況が大幅改善!?~

よくわかる、使える会計知識~株高・金利上昇で、企業年金の積立状況が大幅改善!?~

 柴山政行(しばやま まさゆき)

企業年金の積立状況が過去最高になる(日経朝刊10月22日 1面)

 10月22日の日経朝刊1面において、好調な株価や金利の上昇を背景に、年金資産の価値が上昇し、同時に将来の退職金未払額の評価が減少したことが、積み立て不足の縮小に拍車をかけた結果となったようです。

 通常、企業に所属する従業員の退職金負担は巨額になるため、企業年金の財政状態いかんによっては、業績に大きなダメージを与えることになりかねません。
 今回は、そんな企業業績に少なからぬ影響を及ぼす退職金にまつわる会計知識と時事ニュースをテーマとしてお伝えしたいと思います。

 新聞報道の話題に話を戻します。
 日経新聞の同紙面によりますと、集計対象となった約1600社の上場企業における有価証券報告書を分析した結果、確定給付制度(企業が従業員に支払う退職金をあらかじめ確定している制度)において、企業が保有する年金資産が、将来負担するべき退職年金債務に対して93%と9割を超える比率になり、これは2008年の金融危機以降では最も良い状態だそうです。
 2019年度の比率が70%を少し超えた水準であることと比較しても、大幅な改善といえるのではないでしょうか。
 具体的な数字としては、2023年度における集計対象企業の年金資産合計が59兆5152億円、退職給付債務合計が64兆2434億円とのことでした。
 たしかに、59兆5152億円÷64兆2434億円≒92.64%となり、四捨五入すれば約93%になりますね。

※確定給付制度における調査対象(約1600社)の積立状況(日経朝刊10/22 1面より図式化)

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 ここで、実際の上場企業における開示事例をひとつ見てみましょう。
 同紙面でも紹介されている西武ホールディングスの有価証券報告書(2024年3月期)より、引用させていただきます。
shibayama_2411_02_1(株式会社西武ホールディングス 有価証券報告書より)

 上記の開示情報をもとに簡易図式化してみました。次の図をご覧ください。

shibayama_2411_03_01
 上記を見ると、たしかに年金資産の残高が967億円から1120億円と153億円ほど増加しています。
 これについて、一つの観測として株式の運用が好調だったことを背景にしている、と考えることができるのですね。

 ざっくりではありますが、西武ホールディングスでは、将来の退職金の支払いに備えて準備していた年金資産の積立額が2024年3月期に債務額を超過したため、バランスシートの財務健全性の点で余裕が出てきたと言えそうです。
 このような資産超過の企業が33%増の約440社になりました。全体の27%を占め、これも過去最高の水準です。
 企業年金財政が好転したことを受けて、社員へその恩恵を還元する動きも出ているようですね。
 たとえば、コーセーは運用利回りが市場金利に連動する年金制度を採用しておりまして、2024年6月から2027年3月までの期限付きで給付利率を一律5%に引き上げるなどしています。
 また、昨今の物価高などの経済情勢をふまえ、運用利回りに給付額が連動する仕組みの導入を検討する会社が出てくるだろう、との指摘もあります。

 企業年金の運用利回りの好転が、企業の労務面にも影響を及ぼす可能性が出てきたというわけですね。

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退職給付会計の基礎知識

 ここで、本稿のテーマとなっている、従業員の退職金に関する会計理論について、少し詳しく解説していきましょう。

 まずは前提知識として、よく日常的に使われる「退職金」という言葉は、会計の世界では「退職給付」といいます。
 ここに退職給付とは、在職中の期間における労働の対価として、退職後に支給される給付のことです。
 具体的には、退職一時金制度や企業年金制度などが該当します。退職一時金制度は退職時に一度に支払うかたちで、企業年金制度は何年かに分けて支払うかたちです。
 このような退職給付制度に基づき、資産・負債の増減を伴う企業活動を認識し記録する一連の会計処理を退職給付会計と呼んでいます。

 その背景にある考え方として、退職給付を在職中における労働の対価とみなし、退職以降に後払いで支給するものとする点に特徴があります。
 したがって、従業員が在職中における各決算期には、その決算日時点までの在職期間に応じて負担すべき将来の退職金を負債計上すべきとする考え方が、退職給付会計を実践するうえでの基礎となります。

 以上を踏まえ、退職給付会計にまつわる重要な会計用語をまとめておきましょう。
  【退職給付会計を理解するための重要な会計用語①】
  ・退職給付債務…現時点で「従業員に支払う退職金」を現在価値で割引評価したもの
 
  1. ※割引評価とは、たとえば1年後の121万円を支払うために、年利10%すなわち0.1の世界で運用するとしたら、1年前にあらかじめ必要な資金は121万円÷1.1(1+0.1)=110万円を用意すればよいことになる。これを、割引率10%の元における1年後の121万円の現在割引価値という。また、さらにもう1年前、すなわち支払予定日の2年前にさかのぼって資金を用意するならば、必要な資金は次の通りになる。「121万円÷1.12=100万円」。つまり、121万円÷1.1÷1.1=110万円÷1.1=100万円となるのである。この場合、2年後の121万円における割引率10%のもとでの現在割引価値は100万円である、ということができる。詳しくは、このあとの【計算例】で理解を深めていただきたい。
  ・年金資産…従業員へ支払う退職金として使うことを目的とした企業外の積み立て資産
  ・退職給付引当金…企業が将来支払うと予想される退職給付支払額のうち、当期末までで発生している分の見積もり計上額。最もシンプルな計算式は「退職給付引当金=退職給付債務-年金資産

※シンプルな形の退職給付引当金400の計算と表示(=退職給付債務1,000-年金資産600)

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【退職給付会計を理解するための重要な会計用語②】
・勤務費用…当期の退職給付見込額のうち、当期中の労働の対価として生じた費用のこと
・利息費用…期首時点の退職給付債務から発生する計算上の利息
・期待運用収益…年金資金の運用によって当期に発生が期待される収益の見積額

 ここで、簡単な計算例を用いて、退職給付債務の計算過程を見ていきましょう。

【計算例】
 ある会社における従業員Xが20×1年度期首に入社した。20×3年度末に退職する、すなわち勤務期間が3年であることがあらかじめ分かっているとして、退職時の退職給付見込み額を3,630,000円と仮定する。
 そこで、次の①~③における数字を求めなさい。20×3年度末の支給額を各年度末の現在価値に割り引くための割引率は10%とする。

 ①    入社1年後の勤務費用、利息費用、退職給付債務
 ②    入社2年目の勤務費用、利息費用、退職給付債務
 ③    入社3年目の勤務費用、利息費用、退職給付債務

【解答用紙】
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【計算過程】
 3年で3,630,000円なので、勤続一年あたりの退職給付債務はつぎのとおり。
 3,630,000円÷3年=1,210,000円/年…勤務年数が1年増えるごとに、退職時(入社3年後)の支払額が1,210,000円ずつ増えていきます。これを、各年度から退職金支払い時(入社3年後)までの残存年数に応じて現在価値に割り引いたものが「勤務費用」となります。

 上記の表および下記のグラフから分かることは、1年目の勤務費用が1,000,000円(1,210,000円÷1.12)であること、2年目の勤務費用が1,100,000円(1,210,000円÷1.1)であること、および3年目(Xさん退職日)の勤務費用が1,210,000円(支給日と同じ日の発生のため、割引なし)となっていることです。

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 最初に資金を用意してから支払日の期間が長いほど、たくさんの利息などが手に入りますね。
 つまり、支払日より前の期間の長い費用ほど、割引の幅が大きくなることを覚えておきましょう。

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 以上の状態から、仮にこの会社で退職金支払いのための年金基金の運用資産を1,500,000円保有していたら、退職給付引当金はどうなっていたでしょうか。
 答えは次の図の通り、退職給付引当金は2,200,000円-1,500,000円=700,000円となっていたでしょう。shibayama_2411_08_01
 次に、もう一つの【計算例】で、年金資産の期待運用収益の影響を考えてみましょう。

【計算例】
期首の年金資産が1,500,000円であった。当期の期待運用収益(運用収益の見込み)は4%であったとする。期末の退職給付債務が2,200,000円だったとして、以上の資料から分かる積立不足=退職給付引当金の額はいくらか?

shibayama_2411_09_01 ※1,500,000円×0.04(4%)=60,000円…期待運用収益

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 以上のように、年金資産の運用利回りがあれば積み立て不足は少なくなりますし、運用利回りが大きいほど、積み立て不足は解消の方向に向かうことが分かりますね。

 以上のほか、ちょっとした応用論点として、年金資産の運用実績や退職給付の計算過程などで予定額と実績額に差が生じることがあります。そういった差異を数理計算上の差異といいます。
 また、退職給付水準の改訂や新たな企業年金制度の導入などで退職給付債務が増減することがありますが、これを過去勤務費用といいます。

  1. 【退職給付債務の見積り額と実績の差異、年金資産の期待収益と実際収益の差異などに係る用語】
  2. ・数理計算上の差異…退職給付債務や年金資産の見積数値と実績数値の差
  3. ・過去勤務費用…退職給付水準の改定や新たな企業年金制度の導入などで発生した退職給付債務の増減額

 これらのような数理計算上の差異や過去勤務費用が出た時は、いったんこれらの差を退職給付引当金の計算上は加味され、将来の一定期間で徐々に解消していくという処理をします。
 ちょっと難しい話なので、とりあえずは「退職給付引当金を計算する時の調整項目なのだな」という程度に抑えておけばよいでしょう。

 仮に、期末の退職給付債務の実績が、当初の予定額よりも大きくて2,350,000円になっていたとします。
 この場合、退職給付債務の見込み額2,200,000円との差が150,000円となりますね。これが数理計算上の差異と呼ばれるものの一つです。しかも、将来の退職金の支払いは何年か後になるのが通常ですから、その差額の影響は将来の数年間にわたって長期的に及ぼされると考えられます。
 したがって、この数理計算上の差異は、たとえば10年など、一定の期間にわたって定額法などの方法で徐々に費用に振り替えられる、というマイルドな費用化の手続きを経るのが通常です。
 今回は、会社の会計方針で発生した期は償却せずに費用化しないこととすると、次のような関係になります。


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 なお、以上の話は親会社の個別財務諸表における貸借対照表の表示に関するものでありまして、現在、子会社を持つ上場企業の財務諸表表示は連結決算が基本のため、連結用の開示に調整をすることになります。

  1. 【連結決算における退職給付会計の重要用語】
  2. ・退職給付に係る負債…退職給付債務と年金資産の差額
  3. ・退職給付に係る調整累計額…未認識の数理計算上の差異や過去勤務費用(税効果会計の適用後)
 ここは会計学について厳密に学ぶ場所ではないため、大まかなイメージをつかんだもらうことを第一としてザックリとした説明をしている旨、御了承ください。

 そのうえで、あえて個別財務諸表(個別貸借対照表。個別B/S)における退職給付引当金と連結財務諸表(連結貸借対照表。連結B/S)における退職給付に係る負債の式を比較すると次のようになります。

 ・個別B/Sの退職給付引当金=退職給付債務-年金資産-未認識の数理計算差異など(設定不足の場合)
 ・連結B/Sの退職給付に係る負債=退職給付引当金+未認識の数理計算上の差異など(設定不足の場合)

 個別財務諸表における「退職給付引当金」は、連結財務諸表では「退職給付に係る負債」と言い換えます。
 ただし、退職給付に係る負債は、未認識の数理計算上の差異や過去勤務費用などを考慮しないため、これらを「退職給付に係る調整累計額」として、ひとまとめに表示することが個別財務諸表の場合と異なります。

 

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金利上昇が退職給付債務に与える影響

 本稿の冒頭のお話を思い出してみましょう。

「10月22日の日経朝刊1面において、好調な株価や金利の上昇を背景に、年金資産の価値が上昇し、同時に将来の退職金未払額の評価が減少したことが、積み立て不足の縮小に拍車をかけた結果となったようです。」

 上記の太字・下線のところをつなぎ合わせると、次のような文章になります。

 「金利の上昇を背景に、将来の退職金未払額の評価が減少した

 つまり、金利の上昇を原因として、将来の退職金未払額の評価が減少した、ということを言っています。

 上記の因果関係を理解するために、次のような簡単な計算例を考えてみましょう。

【計算例】
従業員Aが一年後に退職するとして、一年後の退職金の未払額が132万円とする。現在の割引率が10%とした場合の現時点の退職給付債務の額(割引現在価値)はいくらになるか。

 答えは、132万円÷1.1=120万円ですね。

では、現在の割引率が20%に上昇した場合は、一年後の132万円の未払退職金の額の現在価値(退職給付債務)はいくらになるでしょうか。

 計算してみると、132万円÷1.2=110万円です!

 つまり、割引率が10%から20%に上昇すると、退職給付債務の額が120万円から110万円に減少することが計算で明らかになるのですね。

 このような計算上の性質から、金利が上昇すると、将来の未払い債務が少なくなり、退職年金に関わる積立不足が改善されることになるのです。

 以上の議論をご参考になさっていただき、株高と金利上昇が企業年金の制度を通じて財務改善につながる、という時事ニュースの背景を少しでも理解できるようになっていただけたら幸いです。


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