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「リース会計基準」16年ぶりの大改訂 ~公開草案の要諦をつかむ~

「リース会計基準」16年ぶりの大改訂 ~公開草案の要諦をつかむ~

 中田 清穂(なかた せいほ)

 2023年5月2日に、企業会計基準委員会(ASBJ)は、リース会計基準を改正するための公開草案(本公開草案)を公表しました。

 2007年に改正された現行のリース会計基準は、国際財務報告基準(IFRS)や米国の会計基準(FAS)と同等の会計基準にするべく改正されました。
 しかし、IFRSやFASのリース会計基準は、2016年にさらなる改正が行われ、IFRS第16号などとして、2019年1月1日に開始する事業年度から適用されました。
 一度IFRSと同等レベルになった日本のリース会計基準ですが、またまた両者の間に大きな相違が発生してしまったのです。
 そこで冒頭に示したように、ASBJは日本のリース会計基準を、IFRS第16号と同等レベルに改正するために、本公開草案を公表したのです。

IFRS第16号との関係

 そうは言っても、本公開草案は、IFRS第16号を「丸呑み」したものではありません
ここがまず、収益認識基準と大きく異なるポイントです。
 収益認識基準は、IFRS第15号を「丸呑み」して、一部の日本特有の処理を追加して開発されました。
これを示しているのが、収益認識基準の第100項です。

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 しかし、本公開草案のBC12項には、以下のように記載されています。

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 少しわかりやすく表現すると以下のようになります。


  1. 「借手」の会計処理は、IFRS第16号と整合性のあるものにする。
    しかし、「丸呑み」ではなく、「主要な定め」だけを取り込んで、詳細な規定は削除してシンプルにした。シンプルにした分、使いやすくなっている。さらに、すでにIFRSを任意適用している企業が、個別財務諸表にIFRS第16号を適用しても、本公開草案との間に齟齬は生じず、基本的には修正が要らなくなる。

  2. 日本の実務に合うような代替的な取り扱いや経過措置を講じる。

  3. 今回は「借手」の会計処理の変更がメインであるが、変更されない「貸手」の会計処理との間に齟齬が生じないように、全く新しい会計基準として開発するのではなく、現行のリース会計基準を「改正」するカタチにした。

  4. ただ、現行のリース会計基準の「借手」の会計処理は、IFRS第16号の「主要な定め」とは大きく異なるために、現行のリース会計基準の項番を使うと、削除や枝番がおびただしく発生して、会計基準として、とても使えないものになるので、項番は新たに、1項からすべて振りなおして作成した

 つまり、本公開草案の内容は、IFRS第16号とは「似て非なるものだ」ということです。

 実務的に気をつけなければならないのは、IFRS第16号には詳細な規定があるが、本公開草案では削除されている部分について、監査法人からIFRS第16号で規定されている細かい対応を迫られた場合には、本公開草案には記載がないことを理由に拒否しなければならないということです。
 ただ、本公開草案が会計基準になった際に、会計基準を適用する際に、イメージがつきにくい場合には、IFRS第16号に記載されている、詳細なガイダンスを参考にすることは有用だと思います。ただ、あくまでも「参考」として、です。

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「リース」の定義が変わり、思いがけないモノがリースとして取り扱われる

 現行のリース会計基準では、リースとされるのは、契約で貸し借りが明確なものだけが対象とされていました。
 しかし、本公開草案では、契約があろうとなかろうと、モノ(有形・無形にかかわらず)を提供している企業が、 「貸手」になるのかならないのか、逆に、モノ(有形・無形にかかわらず)の提供を受けている企業が、 「借手」になるのかならないのか、ということについて 識別」するところからがスタートになります。
 したがって、製造部門や営業部門などの現場部門には、「リース契約を洗い出せ」というお願いでは、 処理漏れが発生する恐れがあります。
 現場部門には、「他社のモノを使っていないか」あるいは「自社のモノを使ってもらっていないか」という聞き方が適切でしょう。
 現場では 「借りている」とか「貸している」という意識がないものも、「リース」として取り扱う必要が出てくるものがあるからです。

なぜ買ってもいないのに資産を計上しなければならないのか

 そもそも、なぜ買ってもいないのに貸借対照表に資産計上しなければならないのか。そういう疑問を持つ方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 財務諸表論や財務会計論を勉強された方であれば、日本の会計制度は、取得原価会計であることはご存じでしょう。
 具体的な規定は、「企業会計原則 第三貸借対照表原則 (資産の貸借対照表価額)」の以下の規定です。

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 「取得原価」すなわち買った時の価格です。
 リースは買ったわけではないので、企業会計原則の規定では、資産を計上することはできないはずです。
 ところが、1993年の6月に金融庁企業会計審議会から意見書が提出されました。以下はその一部です。

5(赤の下線、筆者)

 つまり、リース取引の中には「買ったも同然」のものがある。そうです。現行のリース会計基準にあるファイナンス・リースですね。
 「買ったも同然」なら、「買ったのと同様に処理すべき」という考え方が出てきてこれはいわば「取得原価の拡大解釈」というべき考え方です。
 したがってファイナンス・リースは、取得原価の拡大解釈をすることで、なんとか「取得原価主義」の枠内で、つまり企業会計原則から逸脱しないで、取り扱うことができそうです。
 しかし、オペレーティング・リースはどうでしょうか。
 オペレーティング・リースは、「買ったも同然」とは言えないでしょう。
 したがって、オペレーティング・リースはもはや、企業会計原則の枠内では説明することはできないでしょう。
 私は、従来のオペレーティング・リースを含む本公開草案の内容は、企業会計原則違反だと考えています。
 ではなぜ、企業会計原則と整合性のない会計基準を、ASBJは作ろうとしているのでしょう。これに関しては、本公開草案のBC10に以下の記載があります。

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少しわかりやすく表現すると、すべてのリースについて資産・負債を計上するニーズは、以下のようになります。

  1. IFRSや米国基準で財務諸表を作成している海外の企業との比較がしやすくなる。
  2. 財務諸表を利用する、投資家、取引先、金融機関などのニーズがある。
  3. 海外投資家からの、日本の資本市場への信頼の低下を防ぎ、日本企業が作成する財務諸表への信頼低下も防ぐことが期待される。

確かにこのようなニーズがあることについては、理解できます。
しかし、こういったニーズを満たすために、企業会計原則と整合性のない会計基準を作ることについては、大きな疑問が残ります。
企業会計原則や会計基準の趣旨や意味をきちんと理解する意欲が失われ、「考える」経理担当者の成長を阻害し、企業のビジネスに沿った会計処理を行なえない状況が、ますます助長されることが心配です。

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